第一章

世の中は激動の時代に突入しつつあった。

オーストリアで起きたサラエボ事件を発端に世界は第一次世界大戦に突入し日本も戦争の渦に巻き込まれていったのである。しかし、日本は好景気に沸きだしていた。いわゆる大正バブルが始まったのである。

ある日、私は山川から一人の男を紹介された。その男は坪井正二と名乗り、繊維を加工する機械製造販売する大手企業津村機械の営業社員である。そして三人はいつもの居酒屋で乾杯する。はじめに山川が切り出す。

「ねえ、大川さん、我々もこんな微々たる儲けに満足していても仕方ないですよ」

私は驚いた。堅物の勤め人タイプである彼とは思えぬ言葉を発したからだ。彼はこの一年の間に大きく変化していた。

「そりゃ、少しであろうと見入りがあるんだし、ないよりはましだろう」

私は面食らってそう言い返すのが精一杯だった。

「実はね、この坪井さんも我々と同志になりたいと言ってるんですよ」

そして坪井が口を開く。

「山川さんにお二人のことは伺ってます。いや、それが悪い事だと言って咎める気なんてさらさらないんですよ。只ね、今の世の中資本家ばかりが儲けていい思いをしている。その反面、日々生活に困窮する貧困者たちはどんどん増えている。私はね、今は自分次第で金持ちにも貧乏人にもなる時代なんだと思うんですよ」

「それで何が言いたいんですか?」

「この三人ででっかく儲けてやりましょうよ」

「儲けるって・・・いったいどんな方法で?」

そこで山川が説明する。

「この大戦が始まってから日本はあらゆる製品の海外への輸出が急速に増えているんだ。とくに繊維関連の製品は凄まじい勢いなんだ。そこで坪井さんの勤める津村機械は繊維会社の膨れ上がる受注を裁くためどんどん機械を製造する。そのために卸された機械はフル稼働しすぐに破棄処分され、また新たに製造する。その破棄された機械に目をつけたってわけさ」山川が説明し終わると坪井が切り出す。

「うちの会社で得意先から破棄された各種機械類が保管されている倉庫はわかっている。我々がそれを少し頂くだけなんだよ」

一瞬、度肝を抜かれたが、確かなことはこの男が計り知れない大きな野望を抱いているという事だった。

そして私は自分がなんと器の小さいちっぽけな人間なのかと少し惨めな気持ちになった。そして坪井に尋ねた。

「それで何をしようと言うんですか?」

「頂いた機械類で商売するんですよ。繊維工の職人たちはもう何人か目星をつけていますから準備は整いつつあるんですよ」

「でも、ある程度の工場が必要でしょう?」

「実は叔父が以前からガラス工場を営んでいたんですが、三年前に廃業したんです。そこを使おうと考えているんです」

私はこの二人がいつの間にこんなところまで計画していたのかと改めて驚かされたが同時に今まで店の工具を横流しした僅かな儲けに満足していた自分が情けなくなった。

そして、「私も仲間に入れてください」と二人に頼み込んでいたのだった。

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