第13話 縁
「初めまして。村木です」
一番年配で、宿直20年の大先輩 勝さんに挨拶をした。
ロッカーの窓際で、小さな丸い椅子に腰掛けていた勝さんが
少しだけ会釈した。
今夜と明日の朝は、勝さんと組む。
家族葬・友人葬が入っていたが、順調に作業は進み
23時閉館前の休憩時間になった。
勝さんがテレビを見ながら話し始めた。
「村木さんが、わしを嫌うとると思うてました」
「はあ?」
何のことやらわからずキョトンとしている慎三に
勝さんが続けた。
「2回も出勤して来なかったので辞めたと思うてました。
この業界、採用になってもすぐに辞めたり、来なくなる人も多い」
それで、この間の本部からの電話が納得出来た。
1回目の出勤後、いつ行けばいいのか待機している慎三に
本部から次の連絡が入らず1週間ボーッとしていた。
その間に、なんと無断欠勤したことになっていたのだ。
本部は、ベテランの勝さんに慎三を助手として付けて
研修代わりにしたかったのだ。
幸い、2回の勤務では、夜中の作業が入らず
勝さんに掛けた迷惑は、最小限に抑えられていた。
「そうだったんですかあ・・・。
誠に申し訳ありませんでした」
「いやいや、本部とのボタンの掛け違いでしょうな。
本部の人間の説明不足ですな」
「説明を受けていても、自分がうっかりしていたのかも知れません」
「わたしゃあ、すっかり村木さんに嫌われたもんだと思い込んで
落ち込んでました」
「いやあ、すみませんでした」
その後は、気さくに話が出来て、お互い
に気まずさがとれた。
その夜は、寺院控え室で休むように言われ、布団を敷いて
寝ることが出来た。
夜中の直入りもなく、翌朝5時には、勝さんが直接起こしに来て
くれた。
既に作業服に着替えて布団を片付けていた慎三に
「きょうは、団子を作ります。教えますから是非覚えて下さい」
故人に供えるお団子を作ってくれる。
二人して流し台で、早朝の料理教室である。
窓からさんさんと輝く太陽を受けて
いい年のおっさんが、団子作りに熱中している。
20年の団子作りの全てを教わった。
お団子は、ご飯と共に霊前にお供えする大事なものである。
宿直者の中でも作る人は限られており、全く作らない人も居る。
慎三は、前回の勤務で別の先輩に一度教えてもらっていたが
また、違う作り方を覚えた。
これで完璧である。
急いで朝の業務を二人で済ませた。
勝さんは、火葬場の仕事があるとのことで
一足早く、バスに乗って職場を後にした。
9時に慎三も会館を出た。
夜勤者はもう用済みである。
若い社員が出勤して来て事務所は、ずいぶん華やいだ感じであった。
自分は、もう若くはないが、それなりに働こうと思った。
朝、納棺後まもない部屋に、暖かいご飯と団子をお供えに
行くと、高齢のご婦人がご丁寧に挨拶をくださる。
「おはようございます。ありがとうございます。ありがとうございます」
昨夜はひとりで泣きあかされたのであろう、瞼が腫れている・・・。
丁重に合掌する。
ご飯とお団子から、きれいな湯気があがっている。
まるで線香の煙のように。
袖擦れ合うも浮世のご縁。
お団子供えも浮世のご縁である。
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