第12話 安心の先輩

 体中サロンパスを貼りまくって、慎三の部屋は、サロンパスの独特の

匂いが充満した。

その匂いが大嫌いな妻が、嫌な表情をして

「無理して病院通いになったら何にもならないじゃないの

 早めに辞めさせてもらったら・・」

「まあ、人が居ないので今すぐに辞めるわけにはいかんのよ」

恵美子は、どうやら夜の一人が不安のようである。


最近も近所で深夜の強盗事件があり、犯人は捕まっていない。


「昼間の仕事を探したら・・。よりによって、葬儀の仕事なんか

行かなくても」

「・・・・・・」


 次の勤務は、自宅から離れた地域にある会館で

丁度、友引の前夜になっていて、前回と打って変わって暇であった。


 宿直の田山さんは、JR出身の70歳、酒もタバコもやらない

真面目人間である。

この仕事を始めて4年。

誠実な仕事ぶりが認められて後輩達からも慕われていた。


 会館の外灯の球切れで、危険な高所作業を夜間二人で行い

急速に親しみが湧いた。


寒の戻りで、凍える作業は大変であったが、仕事をしている実感が

あった。


合わせて7個ほどの球交換を済ませた後、田山さんがわざわざ、コンビニから

コーヒーを買って来てくれた。

「村木さんは、いくつになられますか?」

「66です」

「お若い!うらやましい!」

「いやあ、もうそろそろ年貢の納め時かと・・」

「そんなことはないですよ、若く見えますね」

「人間が未熟なため、いつまでたっても子供です・・」

「いやあ、若いのはいいことですよ」

深夜まで二人で身の上話が続いた。


 家族葬が1件入っていたが、それ以外は急な用事もなく

直入りもなかった。


先日の勤務の大変さが、この会館にまで届いていて

今夜は、寺院控え室の和室で布団を敷いて

休むように指示された。


「これから、一人で勤務するようになったら

いつでも電話で相談受けますから」

田山さんにそう言われて、慎三は、もう少し頑張ってみようかと

思った。


 人生の最終関門で、誠意を尽くして送り出す仕事。

何やら、そう言う理念のようなものが、慎三の中に

湧いて来た。

同じやるのなら、自分にしか出来ない丁寧な仕事をして

故人を送る方々に寄り添うようにしよう。

そう思った。


 今年の冬は、猛烈な寒波が何度も来たが

桜は例年よりも早く開花しそうである。


慎三の心の中の桜が、芽吹いて来た。

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