第7話 2回目の勤務

 恵美子は無言であった。

親戚の葬式にでも行ったと思っているのであろう。

昼前に起きて、洗面所で顔を見ると、何やらげっそり青白い。

まるで、ゆうべの川村のようだ。


 気分転換に近くの神社のある山道を散歩する。

家を出てすぐに携帯が鳴った。

村瀬さんからである。

一瞬迷ったが、出ないわけにはいかない。

「村木さん ゆうべは大変でしたねえ」

「いやあ、お世話になりました」

「とんでもない、お世話だなんて」

「・・・」

「ところで、明日の夜、またご出勤お願いしたいんですが」

「はあ・・・」

「慣れるまでは大変ですが、大丈夫ですよ。

 明日は、本町のU会館に行ってください。

 担当者は変わりますので」

「川村さんではないのですか?」

「はい、明日は、向井さんという方です。

 親切な方ですからどうぞご安心ください」

「はあ、そうですか・・」

何やら間の抜けた返事をしてしまった。


 本町は家からは少し遠い。

それだけでも心細かったが、家に居てもつまらないし

まあ今日1日と明日夕方まで休めるんだからと

自分に言い聞かせた。


 U会館の事務員さん2人は極めて親切で優しかった。

それよりも有り難かったのは、宿直の向井さんだった。

年齢は、慎三よりひとつ若いが、仕事が確実で

早かった。

教え方も合理的でわかりやすくスムーズに覚えられる。


 緊張がほぐれて、2人になっても気楽であった。

お通夜が1件あり、食事片付け等で10時を過ぎた。

そろそろ休もうということになり、宿直室で

向井さんが寝ることになった。

「村木さんは、3階のストックルームで寝てください」

館内巡視中に見せてもらった部屋だが、ものすごく広い3階で

一人で寝るのは恐いと、率直に言うと

カラカラ笑いながら向井さんが

「いやあ、お気持ちはよくわかります。自分もそうでした。

 それじゃあ、宿直室の隣の控え室ご案内します。

 私の部屋の隣ですから、音はやかましいと思いますが

 3階よりは、ましでしょう」

率直に気持ちを伝えたのは正解であった。


 暗くして眠る慎三には、1回目の明るすぎる事務所での

眠りは実に厳しかった。

ここは、もう少しましである。

ふすまを加減すれば、通路の洩れてきた明かりが

少し差し込み明るさが丁度になる。


まどろみながら、隣の宿直室の音を何度か聞いたが

そのまま眠りに落ちた。

5時に入館してから、何だかんだとかなりの作業を

こなしていた。


 業務用の子機が枕元で鳴った。

反射的に取ると、向井さんであった。

「村木さんすみません、直入りが入ったので

 手伝ってください」

病院で亡くなられた方が、まもなく寝台車で

到着するらしい。

あわてて、礼服に着替え1階の正面玄関で

お出迎えである。1時半である。

厳寒の時期は過ぎたが、猛烈な寒さである。


 一度掛けた鍵を解き、自動ドアにして

玄関前の照明の照度を上げた。


白い制服に身を固めマスクをした男の人が

二人でご遺体を降ろし始めた。

向井さんと二人で準備した3階の部屋に

移動する。


 無事に安置出来たご遺体に合掌後

ご飯とお団子をお供えする。


事前に教えていただいていたが

なにやら足がガクガクする。

次々に訪れて来た五人の方々に

コーヒーとお茶を出す。

向井さんが耳元で

「村木さん 我々はここまでです。

 下に降りましょう」

後は、係りの営業職が見積もり対応するらしい。


 部屋に戻っても全く眠くない。


ご遺体のおじいさんの白髪頭が

妙に知り合いの中野さんに、だぶってしまい

リアルな感覚があった。


部屋に着いて布団に移す際に

首が急にガクンと、うな垂れたのが

結構ショックであった。


顔は白い布に覆われて見えなかったが

人間の最後をすぐ傍で見て

慎三は平静を失いつつあった。


 少しして、どのくらいたったのであろうか

隣の部屋でしきりに向井さんが

電話で話している。

壁越しなので聞き取れないが

もし、また直入りなら電話をくれるだろう

・・・夜明けに目が覚めた。

まだ4時半である。

しかし、完全に目がさめてしまった。

隣の部屋はシーンとしている。

6時に事務所と指示されていたので

6時きっかりに、再び礼服で慎三は入って行った。


向井さんは既に机に陣取っていて

「村木さんおはようございます

 今朝方もう1件直入りがありましたが

 起こしませんでした」

「おはようございます。

 そうでしたか、ご迷惑おかけしました」

「いやあ、一晩に2件ちゅうのは、滅多にないんですが・・」

「お疲れ様でした。ほんとにすみませんでした」

「いえいえ、私の判断ですから、気にしないでくださいよ」


 故人様のご飯とお団子を交換して

館内の清掃をし、昨夜のお通夜の遺族控え室を

片付けて9時に業務が終了した。


 駐車場から車を出して帰宅する時に

一瞬、自宅の方向がわからなくなった。

かなりの疲労度であった。

しかし、向井さんが親切に仕事を教えてくれたので

初日のような重苦しさはなかった。


 道路は少し朝の通勤ラッシュが残っていたが

それでも渋滞なしで帰宅出来た。

家の近所のコンビニでコーヒーとパンの

食事をとった。


いい天気であった。


近くの山でウグイスが鳴くのが聞こえた。

「ほーー、けきょ」

1回だけの初鳴きであった。

まだ鳴れない初鳴きである。

まだ未熟な鳴き声である。

思わず口笛で真似をして鳴いて見た。

「ケキョケキョ・ケキョ」

春は、すぐそこまで来ていた。


 

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