ローラと羽田行きバス
よもぎもちもち
第1話 夢
夜行バスの揺れに眠りから目が醒める。窓の外はどこにでもある平凡な街並みが流れていた。
僕は運転手さんと違う列の真ん中あたりにいて、隣には“あのローラ”が座っていた。
ローラは健康的でスラッと伸びた生足を組み、楽し気に笑う。
何がそんなに面白いのか僕にはわからなかったけれども、彼女はバスの中をキョロキョロと見まわしていた。
まるで3歳児が目についた、“あらゆるもの”を目で追うように。
バスは終点の羽田まで残り僅かのところまで進んでいた。
長い道のりだったのは他の乗客の様子を観察すれば理解できる。
ある人は、イヤホンを外しカバンの中にipodをしまう。そして大きな欠伸をした。またある人は、ファンデーションの鏡に映った自分の“つけまつ毛”のチェックを丹念に行っていた。
ローラが立ち上がり瞳を輝かせる。
羽田が目と鼻の先にあるというのに、津軽海峡の波がバスの先でとぐろを巻いていた。
「すごいね、あれ。渡れるのかなー?」
ヨガの体験教室を試すOLのような口調でローラは僕と荒々しい波を交互に見た。
「やばそうだね。でも運転手さんはやる気らしいよ」
平静を装ったけれど、僕は嫌な予感がして脇の下に汗を掻いた。シャツに円形の染みができていた。
バスは海峡の前でいったん停止すると意を決したように波に向かって突き進んだ。
けたたましいディーゼル音。浸水し流入してきた海水が僕らの足元を浸す。
両足を抱きかかえ足が濡れないようにした。
ローラは席の上に平べったい花柄のスニーカーを履いたまま中腰で凝視していた。運転席の大きな窓に打ちつける海峡の黒い波を。
一度はじまったら止められないセックスのように、バスは前へ前へ突き進んだ。
僕は運転席にあるバックミラーが巨大な白い橋の柱にぶつからないか心配でボーッと視ていた。
それは危機的な状況にあって、人が違う何かに意識を向け気持ちを落ち着かせる行為に似ているのかも知れない。
ハンドルを海流に取られ蛇行しながらも僕らはどうにか対岸の羽田側へ辿り着いた。車内の海水がはけて、床は黒く濡れていた。
「やれやれ」
就活の2次面接が終わった後のような気持になる。
予定調和で申し合わせたように僕らは無事、羽田へ着いた。
大きなコンクリートで囲われたターミナルに入ると、凶暴な自然と対峙した“ついさっき”の感覚が薄れ、傲慢にじわじわと心が浸されていく気がした。
停留所でバスが止まったので窓からローラへ視線を移すと・・・
彼女は大きな狸になっていた。僕は少し驚いたが、それを気にしていたのは僕だけだった。
“ローラであった時”に他の乗客から向けられていた羨望の眼差しはそこにはなく、“自然へ戻ってしまった”彼女へは誰も興味を示さなかったようだ。
午前5時45分。
ようやく僕は夢から目が覚める。
狸に似た僕の相方が胸をはだけ横向きに眠っている。
軽く抱きしめて、頬と唇にキスをして、乳に顔を埋める。
気持ち良さそうに眠っている。
ブランケットを被り、珈琲を入れ、煙草を吸う。
LINEとYahooニュースへ目を通し
仮想通貨の値をチェックした。
そして、ふと小説を書こうと思った。
テーマは今日みた「夢」・・・かなぁ。
ローラと羽田行きバス よもぎもちもち @yomogi25259
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