第14話 不安定な人間存在

「不安定な人間存在」


若輩者の前に海原が洋々と拡がる

あれは二十年前の初夏だった


彼の魂が消えたのはいつの日だったか

残った身体を支配する邪気に蝕まれ

あと何日、あと何時間

今の自分でいられるのかわからない


そもそも、今の自分とは何なのか?

死に至る病に憑りつかれ

これが最期の痛みだと何度確信したことか

薬漬けにされたその肉体は

もはや今の彼でも過去の彼でもない



何が救いか判らず天を恨みもした

このまま終わることも既に覚悟している

あと一日、あと一時間ほしい

虚空に向けて訴えているうちに

いつの間にか彼は大人になってしまった


この世の悲哀もある程度知り

自分より苦しんでいる者の存在を当然知りつつも

自らを守ることに汲々しながら

自分が生きる意義を探してみたり

安定とは程遠いところにいる人間存在



出来損ないの彼はいかにも人間的だ

そう思い始めたのはいつの日だったか

友を持ち、家族に支えられ

何となく人生なるものを歩んでいる

すべてを素直に受け容れているではないか


だから、いつ逝くことも覚悟している

支え合いの日々ですら

いつかその胸の鼓動を全否定する

それがきっと最期の痛みだろう



二十年前の若輩者に語りかけたい

洋々と広がる海原を遠くに見遣りながら

君に伝えたいことがあるんだ

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