第5話 無為

「無為」


過ぎ行く時が僕を嘲笑う


もうやることがないのだと

慢心でなく

諦観でなく

純粋に敗北して

すべての努力は泡沫と化した


君の血と汗と涙は

美しくも何ともないと

神に宣告されたとき

心が折れた


裏切りでも憎しみでもなく

バランスを失って

登り詰めたバベルの塔は崩壊した


生まれ変わるべきと

忠告でなく

命令でなく

人は簡単に言うけれど

すべての可能性が否定された


才気あふれる文体だ、などと

人に褒められたいのは愚の骨頂

君が書く文章は劣悪だ、最低だ

また心が折れた


何が焦りを生むのかわからぬまま

早く季節を廻らせなければならない

誰もがぼんやりと明日を待ち受ける時

僕はリアルに恐怖を感じるから

終わりを告げる鐘はあまりに残酷だ


あゝ、沈黙は恐ろしい

僕はただひとり足掻き

話し相手を探すのだ

誰もいないこの闇夜の中で


無為でいることの恐怖に

少しずつ気付き始めたとき

僕に残された時間は短いから

束の間すべてを忘れてしまおうと

投げ出しかけている自分を肯定する


今日という一日がこうして始まって

何も変わらぬまま終わっていくことに

僕は一抹の不安を感じながら

何もかもが真っ暗な世界で

ひとり立ちすくむ自分を慰める


あと数時間の猶予をくれないか

赦されては侮られる人生に

一輪の花を咲かせてみたいのだ


苦し紛れの人生に終止符を打つのは

何を隠そう自分だから

僕を追いやるすべてを赦す

そうやって自分を追い込むことは

決して得策ではないけれども

苦しみはやはり変わらないから

自分自身も変わらず歩もう


あゝ、僕はきっと明日いないだろう

形を変えて存在するのだろうか

夢の中の自分を手に入れて

僕の人生を根底から覆そう

誰も、僕さえも願わない何かの終わり

この一筆で、また心が折れた


過ぎ行く時が僕を弄ぶ

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