秘境レストランへ、ようこそ

化茶ぬき

第1話 食材・肉

 公式渡航許可証持ち専用ヘリコプター、通称・ノアで第一区画の着陸場へと降り立ち、そこから島の中央に向かって山を登っていく。至る所に巨大な昆虫や人食い植物が生えているが、こちらから刺激しない限りは基本的に攻撃してくることは無い。

「てんちょ~、今日の獲物なんだっけ?」

 前を行く金髪の相方――リリ・エルドールはいつもの如く軽装で、腰には一本のサバイバルナイフを差し、小さなポーチ一つで山を駆け上がっている。せめて長袖長ズボンで来いと言っているんだが、いつもこの調子だ。手袋をしているのだけが唯一の救いだと言っても良い。

「てんちょ~」

 こっちは中身が少ないとはいえ大きなバックパックを背負って山道を登るだけでもキツい。

「なんっ――」

 だから、どうでもいい質問に答えるのは面倒だと無視していると、目の前まで飛び降りてきたリリの拳が俺の顔の横を掠めていった。

「巨大蜂、危ないよ、って」

 恐る恐る背後を確認すれば、上半分が吹き飛んだ巨大な蜂が落ちていた。相も変わらず意味不明な拳圧だな。まぁ、だからこそ雇っているんだけど。

「助かった。今日の獲物はゴートだよ。ちなみに、これ言うのは三回目だけどな」

「そうそう、ゴート。羊だっけ?」

「ヤギな。その金髪は伊達か?」

「金髪関係ないし! 産まれてこの方二十年、ずっと日本で育ってるしね!」

「……知ってるよ。もう少し登ったところで分岐だ。急ごう」

「はいはい了解です。てーんちょ」

 子供扱いされている感も否めないが俺のほうが年下だから仕方がない。一歳だけだが。

 山の中腹に着き、獣道を左へ。しばらく進んでいくと、地面が無くなったところから下に向かって斜めに崖が続いている。岩場に生えている草のほうが生命力に溢れていて柔らかいからゴートが好んで食べているらしい。

 それほど角度が厳しいわけでは無いからロッククライミングをせずに済むが、リリのように飛び跳ねるように下りていくことは出来ないから岩の段差を一つずつ慎重に踏み締めていくしかない。

「リリ! もし、ゴートに出くわしても下手に刺激するなよ!」

「りょーかい!」

 とはいえ、抜けているように見えて歴代冒険家の中でも三本の指に入るほどの渡航歴を誇るリリのことだ。言うほど馬鹿な真似はしないだろう。

「ん――この草、使えそうだな」

 匂いに気が付いて岩場の間を確かめればレモングラスにも似た草が生えていた。少し降りたところには、また違う匂いが。とりあえず使えそうな草を採取していれば、下のほうからドスンッ、と何かがぶつかり合う音がして溜め息が出た。

 視線を落としてみれば、崖を降りた地面で体長三メートルはあろう巨大なヤギが巨大な角を突き立ててリリに突進していた。その角を掴んで膠着状態のリリは俺と目が合うと全力で顔を横に振って見せた。

「違うよ、店長! 私は何もしてない!」

 ふむ、個人的に馬鹿な真似はしないだろうと言った前言は撤回はしたくない。リリの言っていることが正しいとすれば――今は春の終わり頃だ。

「リリ! そいつの性別は!?」

「ん~……おっぱいがあるから女の子!」

 それなら納得だ。

「この時期のメスのゴートは発情期で荒れているんだ。都合が良いな」

 段差を一つずつ降りるのではなく滑り落ちて漸く地面に辿り着いた。未だにゴートと膠着状態を続けているリリだが、その表情を見る限りではまだまだ余裕がありそうだな。なら、とりあえず地図の確認だ。

「ちょっと、店長! この羊、結構力強いんだよ!?」

「あ~、待て待て。ちなみにヤギな」

 取り出したノートに描かれている手書きの地図を確認する。

 ここが山の中腹から西に来た香草の崖だから、少し北に行ったところに川があるな。

「店長! 殺ったっていいの?」

「いや、駄目だ。気絶させてくれ」

「また難しい注文をする――なっ!」

 突き進もうとしてくるゴートを押し退けるように跳び上がったリリはナイフを抜いて、その柄をゴートの頭目掛けて振り下ろした。

 そんな様子を横目に、俺は近くに生えていた木目の間に赤い液体が通っている木の枝を折って集めていた。

「ま、これくらいあれば充分だろう。リリ、ここから北に進んだところにある川を見てきてくれ」

「りょーかい。安全確認ね」

 くるくると回しながらナイフを仕舞ったリリを見送って、バッグパックの中に入れていた包丁ケースから特注の解体包丁を取り出した。

 さて、料理人の仕事、その一だ。

 発情期のメスのゴートということは、要は生存本能が高ぶっている時期ということだ。つまり、治癒力も高くて気性も荒いから他の生物に狙われる可能性が低い。しかも、フェロモンを出しながら肉に脂ものっているという良物件。気絶して横倒れになっている腹に触ってみたところ、まだ身籠ってはいないようだ。それなら、最も脂がのっている胃の近くの肉を貰おう。

「では、失礼」

 包丁の刃を皮膚につけてから、滑らせるように――まるで空気を切るように、それでいて正確に素早く肉を切り落とした。うん、良質な肉だ。あとは切り落とした肉から皮を剥ぎ取り、切り取って空いた腹に先程取ってきた枝を詰め込んで、剥ぎ取った皮を被せて完成だ。

 あとは切り出した肉を持って川へダッシュ。

「あ、店長。向こうから襲って来たからさ~」

 言い訳がましく言うその手にはヘビのように細長い体だが、ワニのような口と鱗を持った生き物を鷲掴んでいた。

「自己防衛なら何も言わねぇよ。ほら、こっちに持ってこい。一緒に血抜きするから」

 こいつはワガラニヘビ。分類としてはヘビで、味は鳥だ。

 ヘビの場合は首を落として血抜きをするのが一般的だが、こいつは鱗が硬くてそうもいかない。だから、比較的柔らかい腹のほうに刃を入れて頭のほうから尻尾まで一気に掻っ捌いたら流水に晒す。

 三十分から四十分ほど血抜きをしている間に、野草を探そうか。この辺りの水はミネラルが豊富でよく育つらしい。

「店長、たまねぎ見つけた」

「こっちはじゃがいもだ。あとは葉物が欲しいな。ほうれん草とか」

 一歩間違えれば即死レベルの草もあるから慎重に選ばなければ――などと思っていたのも束の間、リリがその辺の草を千切って口に含んでいた。

「ん! これ、ほうれん草っぽい!」

 ぽいのか。なら、俺が確認しよう。葉脈を見て匂いを嗅いで先のほうに噛み付いてみた。

「……たしかにほうれん草だな。食材は大体こんなものか」

 血抜きを終えた肉は真空パックに詰めて専用の密閉容器に入れ、採取した野菜も同じ場所に詰め込んでバックパックに収納した。

 さぁ、料理人の仕事、その二――本業へと進もう。

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