第18話 妥協案、閃く

「…………正気ですかルアン様」

「割と正気」


 僕の名案を聞いた直後のベルの反応は、絶句の後に僕の正気を疑うものでした。いえ、僕も問いただされると自分でもおかしくなってんじゃないかと思わなくもないですが、今はこれしかないです。

 僕らは僕らの家で暮らしたい。

 ハアトは僕と一緒に暮らしたい。

 ならば三人で僕らで暮らしてみたらどうって話じゃないですか? だから僕はそう言ったわけですけれども。……いや、冷静に振り返ればどう考えても短絡的です。短絡的で直接的です。しかしそれだけに、これが一番スマートなやり方にも思えます。暮らしていく上での諸問題は考えないものとしますが。


「……いかがかな」


 おっかなびっくり辺りを伺います。副次的な目論見としての『巣内の空気を変える』は見事上手くいったようで、先程の険悪な雰囲気ではなく、巣内は困惑に包まれていました。混乱でないのが救いです。


「いかがと言われましても……えぇ……?」

「にんげんのいえで、ハアトも……」


 お互いに三人で暮らすという発想がそもそも存在していなかったようで、『その考えはなかった』という風にぶつぶつと呟いております。


「…………さて」


 僕としては見守る他ありません。本来こういう名案を唱えるときには結論をドヤ顔で打ち出し、その後に意図するところを語るのが王道で実に美しいのですが、生憎今回の案はシンプル過ぎて意図するところを語る余地もありませんでした。唯一の失策と言えるでしょう、

 しかし黙って観察しておくのもうずうずしてしまうので、説得出来そうな方――つまりベルにもう一押ししてみます。


「二人で暮らすにも十分な広さだったし、三人になっても大丈夫だと思う」

「いえまぁ、広さという点ではそうかもしれませんが……」

「種族の違いから来る問題はそもそも僕とベルが一緒に暮らす時点で発生してるじゃない?」

「確かにそれはそうですが……」


 ベルが考え込みます。彼女が考え込んでるというのは良い手応えでした。きっぱりした彼女はダメだと気付けば僕の意見だろうと一刀両断ですので。いえ、僕の意見なら尚更両断です。結局船では甲板に上げて貰えませんでしたし。別に根に持っているわけではありません。別に。決して。


「いえ、ですが……」


 不意にベルが何かを考えついたようで、やや困惑した表情のままながらも、僕の案の穴を突きました。


「致命的な点が一つ」

「と言いますと」


 ベルはうんうん唸る黒いドラゴン(声は可愛い)をちらりと見上げながら、ひどく怪訝そうに伝えてくれます。


「……ハアトをどう隠すおつもりですか?」

「なるほど」


 もっともな疑問です。いくら村外れにぽつんと佇む家と言えど(激うまギャグ)、これだけ巨体のドラゴンが過ごしていればバレるのは必至です。うちにはカルロスさんという来訪者の可能性もありますし。


「いくらイルエルの住人がドラゴンの話を伝え聞いているとは言え、実際に見ればただごとでは済まないのは少し前に確認した通りです」

「この見た目だと尚更ね」


 黒くて大きくて逞しい。牧歌的な離島の民を震え上がらせるには十分なヴィジュアルを誇っています。もちろんハアトの外見の話です。

 どうしたものか、と少し考えてみますがすぐに考えることもないことに気付きました。それをベルとの問答で確認してみます。


「現時点、村で騒ぎになってないってことはハアト単独ではバレてないってことだよね」

「……まぁ、そうなりますが」

「じゃあ大丈夫じゃないかな」

「楽観的ですね」

「そうだろうか」


 ハアトには魔法がありますし、恐らくドラゴンの姿を見られることはほとんどないのでしょう。……ここで問題を新しく出すと変なことになるので言いませんが、唯一問題があるとすれば『ハアトは興奮すると魔法が解ける』らしい、ということでしょうか。

 ですがベルにはそこではない別の点から穴を指摘します。


「……まぁ仮にドラゴンのハアトに関しては心配ないとしましょう」

「その前提でお願いしたい」

「ではルアン様、人間のハアトが見つかる可能性に関してはどうお考えで?」

「…………人間の?」

「えぇ」


 ……どういうことでしょう。人間状態のハアトが他の村民に見つかることに何か困ることはなかったはずですが。口を開きさえしなければ見かけはほとんど人間そのものです。首元の逆鱗だけが違いですし。

 僕が質問の意図を図りかねていると、そのことを察したのでしょう、ベルはやれやれと頭を抱えて説明してくれました。


「我々は他の方からすれば流れて来た二人組ですよね」

「そうだね。食なし金なし、でも嫁はありだね」

「そこですよ。どこから湧いたんですかその嫁」

「……あっ」


 言い方がだいぶ強かったんですが、ようやく理解が及びました。

 つまり、『その子は誰だ』ということです。僕らは島の外から流されて来た二人組。その中に新しく嫁が加わった。ですがその嫁は村の人間じゃない。……じゃあ誰だよ。って話なんですよね。正体不明の霞の如き少女が現れてしまうわけだ。


「……どうしようか」

「やはり考えなしなんですね」

「うん、まぁ……どうしたものかな」


 これには頭を抱える他はありません。全く考えていませんでしたので……その、ズルいとは思いますが助けを求めるようにベルへ上目遣いをしてみます。チラッチラッ。


「…………そうですね」


 彼女はその視線に気付いたようで、許すか許さざるか散々悩んだ挙句、ため息と共にこう吐き出したのでした。


「……正気を若干疑うほどの案ではありますが、私にもそれ以上の妥協点があるようには思えませんし…………仕方ありません。その問題はおいおい解決すると致しましょう」

「ありがとうベルだいすき」

「結構です」

「ここは恐縮じゃないんだね」

「恐縮してほしければもっと適切なタイミングで発言するべきだと思いますよ」

「ベルさんの発言は為になるなぁ」

「恐縮です」


 やはりベルが戻ってくると調子が戻ってきます。彼女がいないと困る気がしますねこれは。ハアトがいなくても困りますんで、やはり三人同居の必要性は高まっていると言えるでしょう。不可避。

 さぁ、ということでベルの説得は済みました。あとは残るドラゴン一匹、ハアトだけです。僕はハアトを見上げて声を掛けます。


「と言う訳でハアトさん」

「なにかなしょうねん」

「確かに少年だけれども」


 急にキャラを変えないで欲しいです。急にドラゴンっぽさを出して来るスタンスなんでしょうか。誰ですか。


「ハアトも割と少女だと思うけど……ちなみにハアトはいくつなの?」

「ハアトはー……いくつだったかなー……」


 もうボケが始まる年齢なんでしょうか。ドラゴンが中空を眺めながらボケーっと思慮にふけっているさまはなんだか牧歌的な気がします。言葉を選ばなければ間抜け面です。嘘です。威圧感凄まじいので牧歌的もクソもありません。

 そしてハアトも自分の年齢を思い出したようで、鼻息荒く教えてくれます。


「ハアトはねー、たぶんよんじゅうちょっと!」

「四十ちょっと」

「うん! まだこども!」


 ……ドラゴンの寿命の長さが察せます。なんですか四十ちょっとで子供って。先代国王であるところの我が父が確か五十前に死にました(人間としては十二分な長さです)から、ハアトは母や父と変わらない年齢ということになります。幼妻ドラゴンなんて表現が大嘘になってしまいました。姉さん女房もいいところです。脅威の年齢差は三十近く。親子か。

 閑話休題、話を本筋に戻しましょう。僕は改めてハアトに尋ねます。


「さっきの『一緒に住む』話だけど……どうかな、ハアト」

「うーん……」


 ベルが説得に応じてくれた以上、もう懸念はないかと思われました。というのも本人の口から『人間っぽいことがやりたい』というのは判明していますし、彼女自身何か問題提起をすることもないでしょうから、後は最早確認みたいなものです。

 ハアトも同じ考えなのでしょうか、確認するように僕にいくつか尋ねます。


「ハアトもにんげんのいえでくらす、だったっけ」

「そうだよ。広さとしては大丈夫だと思う。ハアトがドラゴンにならなければだけど」

「だいじょうぶかなー? ハアトにんげんになるのとくいだし」

「それは心強い」

「にんげんのふうふもいっしょにくらしてたきがする」

「まぁほとんどの場合は一緒に暮らすね」


 世の中には一部あまり触れない方がいい例外もございますがここでは関係のない話です。

 ハアトもここまで確認すれば十分だったようで、うんうんと角を上下させながら頷きます。ちょっと高さがあるので表情は伺い知れませんが恐らく手応えは良いと思われました。僕は最後のダメ押しとばかりに、最終確認をします。


「じゃあハアト、ここを出て一緒に――」

「でもハアト、いやだなー」


 僕の言葉を遮ってまで出た彼女の返答は、今までの流れが何だったんだというくらい呆気ない否定の返事でした。


「……おっと?」


 今の流れから何でこうなる? って感じです。頭に疑問符が浮かびます。急に思考が理解出来なくなって、目の前の存在が『言葉は通じるけど話が通じない』みたいな何かに思えてくるのは別に不思議なことじゃないはず。


「えーっと、ハアトさん」

「たしかににんげんのまねはおもしろいけど、それはちがうかなーって」

「違う?」

「うん。だってハアトにはこの巣があるもん」

「そうだけどさぁ……」

「だったらルアンさまがここでくらせばいいのに。ベルもしかたないからおいてあげるよ?」


 ……話聞いてたんでしょうか。これは参りました。ですがこれは僕らも割と歩み寄った結果なのでここは旦那として、家長として彼女の説得を試みます。


「でもほら、僕らだけじゃここは出入りできない。それじゃあ不便だよ」


 僕らには風を巻き起こすことも出来ないですし翼もありません。任意で出入りできない住居なんて拉致監禁と等しい気がします。そこまでは口にしませんが。失言は夫婦仲を裂くと言いますからね。

 対するハアトさんは相変わらず不満げです。


「にんげんってなにもできないんだね」

「ご迷惑をお掛けします」


 ドラゴンが万能過ぎるだけです。そんな他愛もない畜生を見る目で旦那を見ないで頂けると嬉しいんですけど。あと後ろのベルがハアトのわがままにも取れる態度にイライラし始めているので気を引き締めます。前門のドラゴン、後門の獣人。難儀です。


「でもハアトもここからでたくない。おでかけならいいけど……ハアトの巣はここだし」

「そう言われましても……僕らも僕らの家でしか暮らせないからなぁ」


 煮詰まってきました。確かにここに僕らが住居を移すのが一番穏やかな解決策な気がしますが、それでは僕らがあまりにも犠牲を払い過ぎです。人間としての生活が成立しなくなってしまう。

 頭を抱えながら考えます。本来こういう頭脳労働はベルの領分なのですが、一番ニュートラルな立場にいるであろう僕が考えることをやめてしまったらもう色々だめです。ちらりと伺えばベルも頭を捻ってくれていることですし。

 しかし見えない道を探すのは苦しいもので、あまりの難儀さに口からゴミみたいな案が零れます。


「じゃ、じゃあ……別居とか……?」

「それはいや! にんげんのふうふはいっしょにくらすでしょ?」

「そうだね。そうだよねー……」


 口には出しましたが我ながら論外の提案です。

 妙案が欲しいです。この問題を解決しつつ、人間の夫婦らしい提案……。そもそも人間の夫婦らしいって何でしょうか。最早これ以上考えが飛躍すると迷路な気がしますが、迷路と言えどみちなので、身近な夫婦を記憶の限り辿ってみます。

 村長さん夫妻、カルロスさん夫妻……あの二組は同居です。仲睦まじいことは良いことですね。牧師さんとマリアさん、は別居なんでしょうか。まぁ別居だとしても隣家なので全く参考にはなりません。


「あとは……夫婦、夫婦……」


 ここまで来るとあと身近なのは我が両親ということになります。えぇ、ロイアウム王国先代国王とその第六王妃です。……今思えば関わりが深かったとは言い難い気がします。同じ城の中ですが建物が違うんじゃないかと思える程部屋が遠くてですね。離宮って言うんでしょうか。たまに父の下へ通う母について行ったので覚えがありますが……。


「……待てよ?」


 ヒントというのはどこに落ちているか分からないものです。幼き日に見た両親の姿からまさか島流しにあった今知恵を得るとは思いませんでした。

 僕はポンと手を打って、母に感謝しながら提案します。さっきよりも名案で、これなら全ての要求を解決できると感じました。

 僕らは家で暮らしたい。

 ハアトは巣で暮らしたい。

 人間の夫婦は一緒に暮らすからそうしたい。


「じゃあさハアト……」


 僕が導ける、限界の答えはこれでした。言わば、最大限の譲歩です。最大の妥協です。


「通い妻、みたいなのって――どうかな?」


 強いてこの案が既に孕んでいる欠点を挙げるなら、字面が若干淫靡なことくらいです。あとは完璧に思えた僕は、会心の笑みで我が妻である黒い巨竜を見上げるのでした。

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