第7話 元・王子、新居を探索する~家の外編~

 ある日森の中、新居に出会った。なんて歌う余裕くらいは取り戻しました、どうも僕です。

 そう言えば僕はロイアウム王国の王城以外に住んだことがありませんので、新居というものに若干困惑しています。ここはますますベルとカルロスさん、そして近所の皆様方の力を頼らざるを得ません。


「まぁしばらく使ってねェ家だから掃除からだろうけどな」


 僕らはというと、三人が三人とも僕の新居を見上げていました。カルロスさんやベルがどうかは知りませんが、僕としては見上げる他ありません。だって何をしたらいいのかわからないんだもの。

 改めて見回すと、やっぱり森の一軒家と言った具合です。ただそこまで木々も鬱蒼としているわけでもなく、家の周りは村の中と遜色ない程度には開けていました。鬱蒼うっそう遜色そんしょく。難しい漢字を多用してしまいました。わかりやすい語り口を信条としている僕としては若干憂いを覚えざるを得ません。あっ、うれいもですね。……いえ、何のことだかって感じですが。


「少し隣の家とは遠いが、大丈夫か?」

「どう思うベル?」

「暮らしてみなければわかりませんが、まぁなんとかなるでしょう」

「なんとかできるみたいです」

「頼もしい限りだなァオイ」


 確かに周りに同じ人類が住んでいそうな気配はあんまりないですけども、鍛冶屋のガスパールさん家までは少し足を伸ばせば届く程度の孤立感です。散歩で行けるレベル。

 問題があるとすれば、未だに件の鍛冶屋さんの人柄がわからないというとこでしょうか。今後の課題です。


「まァ何かあったらオレが来るぜ」

「そんな距離でございましょうか」

「獣人の姉ちゃん痛いとこ突いてくるよなァ」

「恐れ入ります」


 なんせ島の一番上と一番下です。直線距離でも高低差でも結構ある気がします。というかそもそも何かあった時どうやってお知らせすればいいんでしょうか。それこそ川下りしか思いつきませんけど出来るなら勘弁願いたいところです。


「外で立ってても仕方ねェし、取り敢えず案内してやろうか? それとも自分で探索するか?」


 案内か探索か。迷いますが、しかし僕の代わりにベルが返事をしました。


「いえ、我々で探索と洒落込みたいと思います」

「おォ、随分だな獣人の姉ちゃん」

「昨日の漂着から何までお世話になってしまいましたので」


 それは本当にそう思います。

 昨日今日と色々あり過ぎてたった二日間の出来事とは思えません。城に居た頃、もとい父が生きていた頃はもっと安寧の日々だったので一ヶ月くらい過ごした気分です。

 ベルとカルロスさんの間ではなんとなく完結してしまったようで、その確認がこちらに来ます。


「坊主もそれでいいか?」

「えぇ、それで」


 何故僕に聞き直したんでしょう、とは思ったもののよくよく考えたらこの家の主は僕でした。一家の主とは一国の城主にも等しいと昔近衛兵の誰かが言ってた気がしますが、王位継承権争いに負けて島流しに遭った僕が一国の城主とはなんとも皮肉なものです。兄さんたち見てますか。心の中で生きてるかどうかも分からない五人の腹違いの兄たちに語りかけてみます。まぁ二人目の兄さんに関しては玉座にてご健在でしょうけども。

 長くはなりましたが、僕には選択権はあるようでないようなものです。本当に異論はありませんし。


「了解だ、じゃあオレは帰るぜ」


 カルロスさんは去り際の笑顔も素敵です。そう言えばここならカルロスさんの声も近所迷惑にはならないでしょう。僕やベルを呼びに来た時も安心です。野鳥や獣の安眠は脅かされるかもしれませんがさすがに人類以外に気を配れるほど僕の器は大きくはないです。王の器じゃないってことですね。あっはっはっは。自虐です。


「取り敢えず説明しておくが、家の中にあるモンはもちろん全部使って貰って構わねェ。おめェのモンだ」

「ありがとうございます」

「外には畑と井戸とがあるはずだ、まァよろしくやってくれ」

「よろしくやります」

「おう、何かあったら頼れよな」

「そりゃあもう」


 頼りがいの権化ですから、カルロスさん。

 僕らにそれだけ伝えると、「じゃあこれからよろしくな坊主、姉ちゃん! がっはっはっは!」と豪快に山を下り始めるカルロスさん。僕らは頭を下げてそれを見送ると、改めて新居に向き直りました。


「……本当に住むことになってしまいましたね」

「流れ流れて定住だね」

「……なんというか、非常にルアン様らしいです」

「それほどでも」

「……まぁ褒め言葉で構いませんけども」

「不満げだね」

「いえ、もうくくるものはくくりましたので」


 縄か何かでしょうか。冗談です。

 思えば久々に二人きりになった気がします。船室ぶりでしょうか。別に二人きりだからどうこうって話でもないんですが、しかし姉にも近い慣れ親しんだ彼女との空間だと随分とリラックスできる気がしてきます。良い人だとしてもカルロスさんほとんど初対面ですからね。


「さて、ルアン様」

「なんでしょうベルさん」

「いつまで外で突っ立っているつもりでしょうか。我々の家でございますけど」

「思えばそろそろ足が痛いね」

「ではカルロスさんに申しました通り、探索と洒落込みましょうか」

「『探索』って言葉にそこはかとなくわくわくしちゃうね」

「痕跡を集める必要がありますね」

「前の住人の?」

「辿れば何か見つかるやもしれません」

「それは楽しみだ」


 てなわけで探索開始です。頭の中でファンファーレが鳴り響きます。ファンファーレが鳴り響くような舞台に立つ事なんてもう二度とないでしょうが。

 石造りの家の扉はさすがに木です。家主が僕なのでさすがに僕が先陣を切るわけですが、若干開きが悪い気がします。ギシギシギィギィと挨拶のような泣き声と共に、我が家は僕と言う主人を迎え入れてくれました。


「……わーお」

「うっ……!」


 開けてびっくり新入居。石造りの我が家は埃と蜘蛛の巣と色んなもので迎えてくれました。まぁ空き家だったのですから当然の待遇と言えるでしょう。

 ちなみにベルはというと凄い顔をしかめています。僕が感じる以上の凄まじい情報量をその鼻で得ていると見えます。こんな顔しているベルはなかなか見ません。今にも牙をむき出さんばかりです。さすが犬の獣人。


「……臭い?」

「……心底臭いですがまだギリギリ耐えられるレベルです」


 そうは言いますが険しい表情です。本当にダメな場合は卒倒するので言葉通りではあるんでしょうが、高いマズルも耳も尻尾もひくついています。端的に言ってダメそう。


「難儀だね」

「申し訳ございません」

「先に外の探索からしようか。ここ開けたままで」

「お心遣い感謝します」

「どういたしまして」


 さすがに僕らが探索中に我が家に乗り込んでくる不届き者はいないでしょう。さっきから獣の気配もありません。せいぜい野鳥くらいですし、それならそれで午餐のお肉が増えるというものです。僕らは扉を開けたまま、取り敢えず家の周りをぐるりとすることにしました。


「カルロスさんは畑や井戸があると」

「らしいね」


 伝聞甚だしいです。しかしそれ以外事前情報がないので。

 我が家の石壁を辿っていきます。ベルと痕跡云々言いましたがヤバそうな獣の痕跡はありません。熊とか近くに住んでたらどうしようとは思ってたので一安心です。

 しかし手付かずなのは当然で、生い茂る雑草の多さたるや。刈らなきゃな、と心に決めます。小型の獣が踏んだと見える獣道が(獣、獣と言い過ぎな気がします)あるので今はそれを通ります。


「おっ、あれ井戸では」

「そのようですね」


 家の側面に回り込んだ辺りで井戸らしきものを発見しました。ちょうど家の真横くらいです。発見するや否や、ベルがひょいひょいと僕を追い越していきます。獣人の運動能力たるや並の雑草など敵ではなく、軽やかに飛び行きます。少しうらやましいところです。


「待ってベル、僕も行く」

「ダメですルアン様。ルアン様はダメです」

「二度言わなくても」

「ダメ、ルアン様。です」

「三度も」

「重要なことですので。いらしても真っ逆さまになる未来が見えます。反論はございますか?」

「……ございませんね」


 なんせ今日も既に一回流されてますからね。ここで反論しても説得力が欠片もありません。井戸も水場ですから、毛ほども。流石に井戸に落ちたらこのルアン・シクサ・ナシオンと言えど死ぬ気がします。恨むべくは運命です。牧師さんを頼って水の神様に祈りでも捧げてもらいましょうか。本当に。


「ではルアン様はその辺でお待ちください」


 従者に待てを食らう主人という構図。しかも従者が犬の獣人なのですからなおのこと不思議な感じです。


「今何か失礼なことを考えましたか?」

「いえ何も」


 獣人の勘怖すぎでは?

 ともあれ僕が大人しくしているのを見て、ベルは井戸を見に行きます。古びているようですがどうなんでしょうか。


「あー……」


 近付いたベルが覗きこむまでもなく、そして覗きこんで更に妙な声を上げます。この反応でいくらか察せる気はしますが、敢えて尋ねてみるしかありません。


「いかがかな」

「死んでますね」

「死んでますか」


 死んでるらしいです。


「それはもう、先代国王様くらいに」

「それは堂々たる死に様だ」

「えぇ、立派にお亡くなりです。これを生活に用いるのは無理でしょう」

「なんて可哀想なお父様」


 父は衰弱、まぁ寿命でしたのでそれを考えると井戸も死んでいるながら安らかなようです。可哀想でもなんでもない。取り敢えず軽く祈りを捧げてみます。……我ながら父であり先代国王であった男の死をこんな風に語るなんて城の者が知ったらお仕置きものです。王子じゃなくなってよかったなー。

 しかし能天気に他界した父に思いを馳せている場合でもない気がします。


「するとベル、僕らには水がないのでは」


 さすがに水がないと暮らせません。人族であれ獣人族であれそれは同じだったはずです。


「いえ、その心配はないかと」

「ふむ。その理由は」


 理由と書いてワケと読む。いや、特別こだわりがあるわけではないんですが、何故かその方がサイコーな気がします。


「水音がいたします。匂いも」

「水音ですか」


 ベルに言われて、僕も耳を澄ましてみます。……なるほど、確かにします。小鳥のさえずりや風の音に混じって流水の音がしますね。匂いまでは判然としませんけど。


「村の中に川が流れていたのは覚えておいでですか」

「流されたのでそりゃあもう全身で覚えていますとも」


 髪と服は十分に乾きましたが。


「その上流かと思われます。きっと生活用水になるかと」

「じゃあ様子を見に行ってみる?」


 僕がよいこらー、と腰を上げるとこっちに戻ってきていたベルに冷たい視線を向けられます。


「もう一度海までお戻りになるつもりですか」

「まさか、いくら僕でも一日に同じ川に二度流されるなんてまさか」

「ルアン様は恐れ多くもロイアウム王国屈指の大型帆船を難破させた方ですので」

「僕のせいじゃないと思うんだけどなぁあれ」


 そんなものまで僕のせいにされていては、いつか『水が流れるのはお前のせいだ』とか言われてしまいかねません。一周まわって最早水の神です。存命中の神格化は面倒くさいことになると王国の歴史で学びました。


「それに、川に行く用事と言えば主に水汲みです。ルアン様にさせる訳には」

「……それもそうかな」


 そんな気がします。

 さて、川に行かないとなれば家の周りの探索の続きですが、僕はなんとなく気付いていたことを口にしてみます。


「気付いたんだけどさ、畑があるって言ってたよね」

「えぇ、カルロスさんが」

「それさ、ここだと思うんだ」

「……言われてみれば……」


 雑草に覆われて若干分かりにくいのですが、井戸のある辺りから少し離れた辺り、家の尻尾の方に(と言うべきでしょうか)掛けて若干土が耕されている気がします。荒れ放題も甚だしいですが。


「作物は……どうでしょうね」

「見てみないことにはわかんないけど、まぁ察せるよね」


 お察し、ってヤツです。伊達に人の顔を伺うスキルは持ってないので察することはそこそこ得意です。


「しかしそろそろ家の中を掃除するべきかと思います」

「ほう。その意図は」

「畑で夜は越せませんので」

「もっともだ」


 しっかりしている従者がいると頼もしいですね。従者、おすすめです。たまに口うるさく感じますけどそれもおもむき、みたいな。


「では参りましょうか。ルアン様のお陰で匂いもマシになっているでしょうし」

「それにしても何であんなに臭かったんだろうね」

「何かが腐ったのでは?」

「洒落?」

「うるさいです」


 つまらない従者です。頭が固いとも言います。

 ベルはすたすたと先を行って、というか戻っていきます。僕もよいこらー、と腰を上げて後を追おうとして――ふと。


「……ん?」


 足が止まります。視界の隅に、そう、それこそ家の玄関とは反対側の家の影、家の尻尾の方に今何か――というか誰かいたような。視界の隅に影を見たような気がしてそちらを伺ってみますが……なんとも、わかりません。

 見間違い……でしょうか。

 視線を感じた気がしたのですけれど。


「いかがしました?」

「いや、その……」


 戻ってきたベルに問われ、口にしようとしたのですが……あまりにも判然としないもので、見間違いと思う方が納得できるくらいでした。もしかしたら獣だったのやも。


「……いいや、何でもない」

「そうですか。ではお掃除と洒落込みましょう」

「『探索』ほどわくわくしないね、『お掃除』」

「では『探索~家の中編~』でいかがでしょう」

「それがいい。ちょっとやる気出た」

「恐れ入ります」


 と言う訳でいよいよ、家の中の探索に移ることになりました。さてさて、何か面白いものが見つかるでしょうか。

 それとも……さっきの気配の正体が、掴めるでしょうか?

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