第6話 元・王子、村を巡る(2)

「ここ酒場ですよね?」

「えぇ、よくいらっしゃいました」


 思わず声に出してしまいましたが合っているようです。いえ、他の何もかもが間違っているような気もいたしますが。

 少し整理し直してみたいと思います。言わば前回までのあらすじ、というヤツです。いえ、何のことだか僕にもわかりませんが。触れてはいけない壁というものも世界にはあるらしいので。

 イルエルに流れ着いて。

 イルエルに住むことになって。

 漁師のカルロスさんに案内してもらうことになって。

 教会で牧師さんに会ってご挨拶して。

 酒場に入ったら牧師さんに会いました。今ここ。


「えっと、確認しますが牧師さんですか?」

「はい、牧師のウィリアムです」

「確認しますがここは酒場ですか?」

「えぇ、ブドウ酒がおすすめですよ」


 確認終了。こいつぁとんでもない島に来ちまったもんだぜ。思わずキャラも口調も崩れてしまうというものです。いえ、些末な問題ですが。


「はっはっはっは」

「がっはっはっは」


 混乱する僕らを挟んでカルロスさんと牧師さんが大笑いでした。広い酒場にお二人の快活な笑い声が響きます。


「まぁ混乱しますでしょうし、ちゃんとお話ししますよ。取り敢えず掛けては?」


 牧師さんは絶えず柔和な笑みを浮かべてらっしゃるのですが、彼自身の糸目と合わせて、その、言葉を選ばなければひどく胡散臭いです。ですが立ちっぱなしは僕も避けたいところなのでベルやカルロスさんと共にカウンターへ腰掛けます。


「ははは、ルアンさんは混乱しておられるようですね。ベルさんは冷静のようですね」

「いえ、私もこれでも混乱しております」


 真実です。尻尾には表れていませんが、耳がぴょこぴょこしています。表情は相変わらずクールそのものなんですけれどね。毛並みが黒いと余計にキリリと見えます。


「そうでしたか、これは失礼しました」


 ふふふ、と相変わらず柔和な笑み。


「そう言えばお酒、飲まれます? 初回でしたらおまけしますよ」

「私はまだやることも多いので、遠慮します」

「僕も今回は遠慮させてください」

「おや、そうですか。ではおまけはまた次回に」

「おいウィリアム、オレは貰うぞ」

「あなたは先日のツケもまだでしょうカルロス」


 出そうとしていたブドウ酒を仕舞う牧師さん。カルロスさんはまだツケが残っているようです。


「さて、私がここにいる理由でしたね」


 そう言えばそういう話でした。話題を元に戻しましょう。ただでさえ話が逸れまくって色々てんやわんやだというのに。いえ、あまりこういう独白はよろしくないですね。

 牧師さんは簡潔に話始めました。


「私も最初はただの牧師だったのです。あなたたちと同じ流れ着き組です。いわば先輩です」


 とんでもない先輩もいたものです。


「そして私の荷物にブドウがあったんですよ。私の知る限りでは教会がブドウを育てることはそう珍しいことではないのですけど、どうです?」

「僕はお察しの通り、俗世に疎いので」

「そうでしたね、失礼しました」


 軽く流してくれます。それくらいの扱いがちょうど嬉しい気もします。さすが聖職者ってところでしょうか。恐らく関係ないでしょうね。


「ブドウがあって、まだ生きているとします。ベルさんならいかがします?」

「流れ着いたばかりであれば、育てるのが一番かと」

「さすがです。私もそうしたんですよ。現に教会の後ろにはブドウ畑があります」


 先程の場所からは見えなかったでしょうけどね、と笑いながら牧師さんは続けます。


「ブドウがあったら何が出来ますカルロス?」

「酒だな」

「そういうことです」


 結論が出てしまいました。そういうことらしいです。……いささか短絡的では? と思わないこともないですが実際僕もブドウと言われればお酒な気がします。


「しかし聖職者がお酒を売るというのはどうなんでしょう……?」


 怯まないベル、正論にも聞こえるツッコみです。しかしこの状況になると最早何が正論なのかわからないですが。対して牧師さんは飄々とした風に返します。


「ははは。そう言われては敵いませんがご心配なく」


 牧師さんはそう言うと奥に呼びかけます。すると返事があって、奥から美人な女性が現れました。肩まで流したふんわりプラチナブロンドが素敵です。


「普段は彼女がこちらを仕切って、私は教会の方にいますから」


 それは心配ないということなのでしょうか。とは言え今気になるのはその女性の正体です。


「そちらは?」


 ベルが聞くと、女性が自ら名乗りました。


「ウィリアムの妻のマリアです~。この酒場の主人をしています~」

「マリアの肉料理は絶品ですよ、おすすめです」


 なんてこったい。別に悪いことではないのでしょうが、この聖職者は酒の販売、妻帯、肉食とコンプリートです。一周まわって最早人間として信頼できる気がしてきました。てぇへんだ。

 そして牧師さんの奥さんと言うマリアさん、ふわふわした雰囲気です。ぽやぽやとも言えそうです。


「随分と随分ですね牧師さん」

「ゆったりまったり偶像崇拝が私の信条です」


 なんというか、この牧師さんはとてもイルエルという土地を象徴しているような気がしてきました。なんというか、ゆるいんですね、この島。それくらいが島流し初心者の僕らとしては大変嬉しいです。


「……っとォ、話し込んじまった」


 突然ハッと気付くカルロスさん。そうでした、よく考えれば僕らは村を巡り、というか村を巡るのはついでで家に向かわねばならないのでした。着いてすぐ寝れるとは思わないので、出来る限り早く着いた方が良いと思われます。


「じゃあウィリアム、マリア、またな」

「おや、そうですか。ではまた、時間のある時においでください」


 立ち上がってカルロスさんが出ようとするので僕らはその後を追いつつ、お二人にご挨拶をします。


「では牧師さんマリアさん、また」

「えぇ、お二人もお気を付けて。困ったことがあれば先輩の私を頼ってくださいね」

「私とも今度ゆっくりお話ししましょうね~」


 マリアさんとお話ししたら本当に『ゆっくり』出来そうなのでそれはそれで魅力的なお誘いです。ベルと共に会釈をしながらカランカランとベル(我が従者ではない)を聞きながら村へ出ます。

 まだ日は高いですが、のんびりしてられません。カルロスさんの案内でまた村を練り歩くことになります。


「さて、ここがパン屋だ」


 場所としては教会&酒場の場所から少し上がって、村の中心。つまるところ村長さんの家のすぐ近くにパン屋さんがありました。酒場と同じような横に広い平屋で、太い煙突からはもくもくと煙が出て、他の家にない特徴としては水車がごうんごうん回っています。


「村でほとんど唯一、でっけェパン窯がある家だ。小麦が出来たらここに持ってくりゃあ粉ひきからやってくれる」

「なるほど」


 なるほど。僕もベルに倣ってふむふむと頷きます。ただよく分かっていませんが。我ながら世間知らずが過ぎる気がします。

 ですが話は聞いていますちゃんと。理解が及ぶような及ばないような気がしてるだけで。

 そんな僕の表情を読んだのか、ベルは簡潔に言い直します。


「さながら、村の台所と言った具合でしょうか」

「おォ、そりゃ良い例えだな。ズバリだ」


 カルロスさんもポンと手を叩きます。それは良かった。そして続けてベルはもう一つ聞きます。


「ところでお代はどうしたらいいでしょう」

「お、それは説明しねェとなァ。イルエルは物々交換なんだ」

「物々交換?」

「おう、イルエルに金は流通してねェ」

「……なんと」


 僕も驚きです。イルエルに来てもう何度目になる驚きかわかりませんが、まさかイルエルには貨幣制度が存在しないとは思いませんでした。

 しかし物々交換とは。


「例えばオレの場合は魚をウィリアムに出す。その代わりウィリアムは俺に酒を出す。わかりやすいな」

「確かにわかりやすいですね」


 わかりやすいような、そうでもないような。

 ともかくそういう制度のようです。まぁ暮らしていくうちに慣れるんでしょう。なるようにしかならないので今の段階では頭に入れておけば大丈夫でしょう。ベルが。


「本当は一発挨拶かましておきたいんだが……」


 カルロスさんは家の外から中の様子を少し伺います。しかしなんだかよろしくない様子らしいです。


「本当はアドルフ……あァ、パン屋なんだけどよ。おめェら紹介したかったんだが……今忙しそうだ」

「それは残念」


 薄っぺらい感想になっちゃいましたけど本当です。


「まぁいずれ必ず会うだろうからな。話はオレかウィリアムかセドリックが通すだろ」


 確かにパンを主食として生きる種族である以上、村のパン屋さんとの交流は避けられないでしょう。それこそ牧師さんや村長さん並にはお世話になるはずです。そんな方に今のタイミングでご挨拶出来ないのは残念ですが。

 パン屋のアドルフさん。覚えました。僕らの名前をお伝えしていないのに申し訳ないですが、まぁ『元王子と獣人の二人組』なんてそういないでしょうし。

 さてさてダイジェストを進めましょう。


 僕らはパン屋さんに軽く一礼をすると、ずんずんと村を上っていきます。斜面ですので物理的にお上りさんです。カルロスさんの案内は村の要所を点々と、と言った具合なのですがそれ以外にも当然色んな方々とすれ違います。毎度毎度挨拶を繰り広げます。毎回『ロイアウム王国第六王子』のくだりでつっかかってしまうのですが。

 イルエルの村はほとんど民家と小麦畑っぽいです。豚や鳥のような家畜、他の作物もいくつかちらほら見えました。


「まァ見ての通り、それぞれの役割があってイルエルは動いてるってわけよォ」

「そのようですね」


 辺りを見回しながら、そして時には会釈をしながらベルは頷きます。ちなみにイルエルには獣人はいないと見えて、彼女の顔や尻尾は好奇を一身に集めておりました。


「ちなみに仕立て屋さんは?」

「仕立て屋はセドリックが兼業してるぜ」


 僕の質問に軽快にカルロスさんが答えます。セドリック……というと、確か村長さん。なるほど、どうりで僕らの着替えも出てきたわけです。服は村長。覚えておきましょう。

 そんなわけでずんずんと斜面を登っていくと、家より木々の方が多くなってきた辺りで足が止まりました。


「さて、最後はここだな」


 恐らく村の端であろうと思われます。足に似た形のイルエル島で言えばだいぶ足首の方になる辺りに、二件の民家が隣接合体したようなお家が。片方には石がわんさか積まれており、中の燃え盛る炎と鎚を揮う音が伺えます。


「ここは?」

「平たく言えば鍛冶屋だな」


 ベルの質問にカルロスさんは平たく答えます。なるほど鍛冶屋。どうりで、と言った具合です。


「村の金物は全部ここの爺に任せりゃあいい」


 カルロスさんはそう告げると、中に大声で呼びかけました。


「爺ィ! いま手ェ空いてるか!?」


 ……とても大きい声です。ベルは参った表情をしています。犬の獣人は僕ら人族より耳が良いので相当参っているとみえます。難儀。

 カルロスさんが呼びかけると鎚の音が止まりまして、そして低い荒々しい声が返ってきました。


「うるせぇぞカル坊! 空いてるわけねぇだろうが!」


 荒々しいんですが、カルロスさんら漁師さんたちとは違った荒々しさです。低音と威厳と厳格さがたっぷりです。城の騎士団長を思い出す声で、思わず恐縮してしまいます。

 しかしカルロスさんは全く憶することなく、先程と同じく大声で呼びかけます。


「新入りなんだけどよォ! 挨拶してェんだが!」

「儂はガスパールだ! 金物の用がありゃあ来い!」

「……この通り仕事熱心な爺さんでな」


 やれやれ、と肩を竦めるカルロスさん。


「アドルフと一緒だな。また今度挨拶してくれ」


 パン屋のアドルフさん。

 鍛冶屋のガスパールさん。

 なるほど、挨拶に向かう先がまた増えました。ベルと目を見合わせます。挨拶に向かうときには一緒に向かった方がわかりやすいでしょう。


「まぁ爺さんはおめェらの一番近所になるだろうからな、否が応でも世話になるさ」

「近所、と言いますと」

「目的地はもうすぐだぜ」


 尋ねたベルに不敵に笑いながら、カルロスさんはガスパールさんの家を離れました。

 ガスパールさんの家自体村の端になるのですが、カルロスさんはそこからもっと上がります。ここらになってくるとより自然っぽくなり、家は見えず辺りは草原と木。歩いているのは一応広くはなってる道ですが、牧師さん的にぶっちゃけてしまえば森とか山と言っても過言ではない――と思っていると、見えてきました。


「さァてここだ。ここがおめェらの家だぜ」

「ここですか」

「ここかぁ」


 ガスパールさんの家から少し離れた辺り、木々の開けたところ。村の民家とさほど変わらない大きさの平屋で石造りの家と、元は畑だったと見える空き地がありました。


「これが、我が家と」

「そうなるなァ」


 もう住むことは確定していて、そしてまだ中に入ってもいませんし村から離れていることが幸か不幸かはまだまだわからず――つまるところわからないことだらけなのですが。

 なんとなく、島流された後のスローライフっぽい家だなぁとは思うのでした。

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