第10話
「一日族長はゲストだからいいとして、テリトリーに入ってきた人間をそのまま帰すわけにはいかないんだって」
頭に角を持っている、リーダー格のギャルがフンババ族のルールを説明していた。残りの仲間は祖母を取り囲んで、隠されている顔を訝しげに覗きこんでいた。祖母はさっさと逃げるべきだったのである。ケンタウロスたちは、祖母が少女にした言いつけは自分たちにも適応されると思い込み、すでに隠れ家に逃げ帰っていたのだから。魔法使いとはいえど、祖母ひとりの戦闘力は微々たるものだった。では、少女も逃げたほうがいいのでは、と思う人もいるだろう。しかし、少女は魔法のローブを身に着けていた。敵対者に気にいられ、可愛がられることも危険を退ける方法のひとつであり、ローブはその方法を適用して少女を守っていた。フンババ達から見た少女はさぞ愛らしい、守るべき存在のように見えていることだろう。そんなものがなくても、真奈美は命を賭して少女を守ろうとしただろうけれど。彼女から見た少女はいつだって天使なのだ。
「何か、対価が必要だってことか」
「対価っていうか、ぶっちゃけ生贄みたいな」
フンババの尾の蛇が祖母の頭の上に乗り、ちょんまげのようになっていた。少女がそれを見て笑い、気をよくしたフンババは祖母の頭で蛇を自在に操った。
「生贄はわたしじゃだめかな」
ギャルと向き合う真奈美の声は真剣そのものであった。
「うーん。族長の内臓にはあんまり興味ないってゆーか」
ギャルは祖母を見ることなく指さした。
「この魔女ちょーだい?」
「いいよ」
真奈美も祖母も、それどころかフンババ達でさえ目を見開いて少女を見た。それだけ少女の気の抜けた返事が、この場では浮いていた。面倒くさいのを我慢してここまで来たというのに、身内が殺されてしまうというのに、少女はいったいどうしてしまったというのか。冒険に飽いたのだろうか。
「ホントに? やっぱやめとか言ったら怒るよ?」
「君がいいなら、わたしは全然反対はしないんだけれど、いいの? おばあさんを探しにここまで来たんでしょう」
「いいよ。だってちゃんと見つかったし」
ちょんまげだった蛇はいつの間にか首輪と化しており、祖母を締め上げていた。助けに来るケンタウロスの姿はない。
「うちら、獲物はみんなで分け合うんだけど、族長もなんかいる? 心臓とか、目玉とか」
窒息し、糞尿垂れ流す祖母をフンババ達はナイフで解体していた。その光景を見せないよう、真奈美は少女を自分の胸に抱きしめていた。
「わたしはいらないけど、どうする? 形見とか欲しいかな」
真奈美の胸に顔をうずめていた少女は、あることを思い出した。
今日はジャージだったけど、お金もらってない、と。
「財布」
ギャルは仲間たちに解体をやめさせ、祖母の懐をまさぐった。有名ブランドの財布は持ち主の血にまみれてはいたけれど、中身に問題はなかった。
「こんなんでいいんだ。じゃあ、心臓とかもらうね」
財布を受け取った少女は中身を確かめると、一万円札が三枚、五千円札が一枚、五百円玉と十円玉がそれぞれ二枚ずつ入っていた。いつもより多い額に満足した少女はそれを自分の財布に移し替え、祖母の財布は茂みの向こう側に投げ捨てた。
「出口までおんぶしてったげるね。それとも、魔女退治の祝勝会に参加する?」
フンババの誘いに、少女は眠たげな声で答えた。
「疲れたし、すぐ帰りたい」
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