第9話

「地上に出た瞬間にクラッカーが鳴って、『あなたが記念すべき一〇〇〇人目のお客様』って言われて、たすきをかけられたんだ。記念品ももらったよ」

 真奈美は「フンババ族の歴史」と書かれた、一〇〇ページ以上ある冊子を取り出した。そこには、フンババがギルガメッシュ達に倒されて以降、フンババの子どもたちがどうやって一族を繁栄させたかが書かれていた。

どうしてもこの冊子が欲しいという人がいたならば、フンババの森に行けばそこでもらうことができるだろう。しかし、ひとりで行くことはお勧めしない。行くならば二人以上、そして、普段から気に喰わないと思っている奴が相棒だとなおよい。

 詳しい話は割愛することになるが、辺境の森に暮らしているフンババ達も、近年の不況のあおりを受けていた。「一日フンババ族長」も観光資源に乏しい森をにぎわせるための事業の一環であり、外から来た客で経済を潤わそうとしていたのだった。しかし、元来凶暴なフンババの血を継ぐ者たちに近づこうとする者は少なく、事業は上手くいっていないようだった。

 少女たちは森の拓けたところで互いに近況報告し、今は真奈美が少女を置いていった理由を話しているところだった。話に興味のないケンタウロスたちは石でサッカーをしたり、「フンババ族の歴史」を読んだりしていた。

「もとの世界に戻る手助けをしてくれるって言うから、今は二人を探していたんだよ」

 真奈美はフンババ族との記念撮影を終えたあと、事情を話して彼らの協力を得た。そのことを報告しようと真奈美が洞窟の中を覗きこんだとき、すでに少女は行動を開始していた。なんという残念な入れ違い。少女がもう少し待っていれば、フンババと記念撮影する前に真奈美が少女を呼んでいれば、こんなことにはならなかったというのに。

 フンババ達は、洞窟の中には魔女の隠れ家があるという理由で、真奈美が洞窟に戻ることをよしとしなかったようだ。

「魔女ってお祖母ちゃんのことかな」

「そうだねえ。フンババとは対立してるからねえ」

 しかし、今こうして悠長におしゃべりしているところは、フンババ族のテリトリーであることを忘れてはいないだろうか。賢明な人ならばこれから起こることを予測して、早々に隠れ家に避難していただろう。

「あれー? 族長、こんなとこでなにしてんのさ」

 茂みから六人のフンババ族が現れた。頭に牛の角を持つ者、尾に蛇を持つ者、足が鳥の者。しかし、その身体の大部分は人間と大差ない。そして、祖母が真奈美をフンババと判断した材料である「フンババッジ」をつけている者はひとりもいなかった。

「探してた人たちが見つかったよ」

 この数が相手では分が悪いと判断したのか、祖母はローブで顔を隠し、ケンタウロスたちは木陰に隠れてようすをうかがっていた。

「族長たちが帰る方法なんだけど、入ってきた穴を登ってけばいいだけだから、うちらがおんぶしてったげる」

 入ってきた穴の深さはわからないが、すくなくとも少女が飴を食べていられるだけの時間を落ち続けることができた深さだ。それを人間が登ることはできなくとも、圧倒的な身体能力を誇るフンババ達ならば、容易いことなのだろう。しかし、祖母さえいれば魔法ですぐに帰ることができたのだが、そのことに気がついている者はいなかった。

「けどさ、すこし問題があってね」


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