第8話
地上に出ると、そこは森の中だった。うっそうと茂る熱帯植物、空を覆う背の高い木々、不気味な鳥の声、などという陰気なものはなく、ハイキングでも楽しめそうな、日の光がほどよく差した明るい森だった。
「りんごの木」
「ここはフンババ族の果樹園だから、手を出してはいかんよ」
一体のケンタウロスは祖母の目を盗み、矢を放って三つのりんごを撃ち落とした。剣を持っているケンタウロスがそのりんごを半分に切り、ひと欠片を少女に差しだした。これを食べれば共犯者となってしまうのだが、祖母に怒られることよりも、りんごの味に興味を持った少女はそれを受け取った。少女は一口かじっただけで、そのりんごを捨ててしまった。甘くなるように品種改良されていないそのりんごは酸味が強く、スーパーに売られているものを食べ慣れている少女にはとても食べられたものではなかった。しかし、ケンタウロスたちは夢中でかぶりついていた。
「フンババじゃー!」
祖母が叫び出した。黙って隠れていれば見つからなかったはずなのに、その声を聞いた者が少女たちを見つけた。
「真奈美!」
「フンババじゃあ」
「二人とも、無事だったのか」
安堵したような頬笑みを浮かべ、少女たちのもとに駆け寄ってきた真奈美は、「一日フンババ族長」というたすきをかけていること以外、以前と変わったところはないようだった。
「こなくそお!」
祖母は発狂したように大声を出し、魔術で攻撃しようと真奈美に杖を向けた。ケンタウロスたちは急いでりんごを頬張るが、食べることを途中でやめるものはいなかった。
「お祖母ちゃん、フンババじゃないよ。変なたすきかけてるけど、真奈美だよ」
少女は祖母の腕にすがりついて、攻撃をやめさせようとした。ケンタウロスたちも主の杖の先にぶらさがり、少女の手助けをした。
「たすきは問題じゃない。フンババ族の証である『フンババッジ』をつけとるのが問題なんじゃ」
よく見てみると、真奈美の胸元には確かに大きめの缶バッジがついていた。そこには焼き肉屋のイメージキャラクターのような牛の頭部がコミカルなタッチで描かれており、牛の首輪には「フンババ」とまるっこい字が印刷されていた。自分の斧が見つからないケンタウロスが、斧の行方を訊ねるように少女の袖を引っ張った。
「真奈美、それ外して。斧は木の陰に隠れてるから」
真奈美はこのバッジを気に入っていたのだが、少女の命令とあらば、何のためらいもなく外し、ジーンズのポケットに入れた。ケンタウロスは仲間の協力もあって斧を見つけ、それを少女に報告した。
「ほら、お祖母ちゃん。フンババじゃないね」
「うむ、確かにフンババじゃなくて、真奈美ちゃんだね」
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