第6話
ねえ、嘘でしょう? からかってるだけなんだよね」
事実を認めたくない少女は声高に叫ぶが、返事はなかった。
ただ立ちつくしていた少女は、どれくらいの時間をこうやって過ごしただろうか、という諦観したようなことを考え始めた。実際に経過した時間は一〇分少々といったところだったけれど。しかし、そのおかげで行動する決心がついた少女は、歩いてきた暗闇を振り返った。
いくら明るい場所にいたところで、壁面を登れない私に救いは訪れない。ならば、さっき通った道のなかで、選択しなかった道を歩いてみよう。そこから脱出できるかもしれない、などということを考えた少女は、ぬめりけのある壁に手を触れさせて歩き出した。この少女の臆病ゆえの行動力は、のちに大きな悲劇、少女としては喜劇でしかないのかもしれないが、を招くことになるのだが、それはもうすこし先の話だ。
懐中電灯を持っていない少女は鼻水をたらしながら、気持ちの悪い壁の感触を我慢しつつ足を進め続け、ひとつめの分岐点に到着した。その道の奥から、かつんかつんと地面を叩く音が聞こえてきて、明かりが見えた。その光源が音とともに、少女に近づいてきた。遮蔽物がない洞窟では身を隠す場所はなく、少女は見つからないようにとせいいっぱい身を縮めた。
灯りを持っているものが角を曲がり、少女はその正体を見た。
「お祖母ちゃん?」
「おやまあ、どうしたんだい、こんなところで」
「お祖母ちゃんこそ、怪我ない?」
松明を持っていた祖母は杖をつき、薄汚いローブを羽織るという、魔法使いのような出で立ちだった。
少女は祖母のローブで鼻をかんだあと、祖母が心配で追いかけてきたこと、真奈美が地上に出たきり戻ってこないことを話した。
「それは大変だ。地上にはフンババがおる。もしかしたら真奈美ちゃんはフンババに襲われたのかもしれない」
フンババと聞いて、ピンとこないかたのために説明しよう。フンババとは、ギルガメッシュ叙事詩に出てくる半神の怪物だ。牛と蛇と鷲の身体をあわせもち、叫び声で洪水を呼び、口からは火と毒の息を吐くといわれている。そんな危険な奴がいたなどと知らなかった少女は、真奈美にフンババと戦える戦闘力があるかどうかと心配した。フンババはギルガメッシュと彼の友人であるエルキドゥに殺されてしまうが、それは彼らが特別強かったからであり、真奈美がフンババに勝てる見込みは当然のことながらゼロである。
「心配せんでいい。お祖母ちゃんに任せなさい」
自称魔法使いである祖母はそう言ったが、物語的に主人公がなにもしないわけにはいかない。もちろん少女もそういう結論に達していた。
「なにかするなら、私にも手伝わせて」
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