第5話
通路を進むと、落ちてきた穴とは打って変わって暗闇だけが広がっていた。
少女は真奈美の背中にはりついて洞窟を探索した。祖母の家に来る過程で真奈美がかいた汗はすでに乾燥しており、においがあまりしないことを少女は少し残念がった。
洞窟にはいくつもの道があったが、祖母の探索よりも脱出を念頭に置いて考えていた真奈美は、外から吹き込んでくる風を頼りに歩いていたので迷うことはなかった。洞窟の壁面は鍾乳洞のように滑らかな肌触りで、水気を帯びている。そのせいで中の温度は低く、コートを着ている少女はともかく、薄手の格好をしている真奈美にはつらい環境だった。
「この先におばあさんはいるのかな」
「風邪だし、そんなにアクティブに動けないはずだけど」
二〇分ほど歩いても、いっこうに洞窟の終わりは見えてこなかった。変化に乏しい景色も相まって、普段から運動をしているわけではない少女の体感では、すでに二時間以上歩いている気になっていた。
「疲れた? やっぱり引き返したほうがいいんじゃないかな」
少女は首を横に振った。また二時間かけて戻るのは面倒だと思っていたからだ。
「意外だね。めんどくさがりなのに、お祖母さんのためにここまでするなんて」
「真奈美は戻っていいよ。ひとりで大丈夫だから」
「そんなことしないよ」
ひとりで大丈夫なはずがないとわかっていた真奈美は、さきほどの少女と同じように首を振って否定した。
「危ないって思ってるのに、何でついてきてくれるの? お祖母ちゃんにお世話になってたから?」
なんでも言うことを聞いてくれる幼馴染が自分に隷属している、などと思ってもいない少女は当然の疑問を口にした。今は非現実を相手にしているのだから、付き合いが良すぎるということばで片づけることはできなくてもしかたないだろう。そこには恩のような、理由があってしかるべきだ。
「違うよ」
真奈美は立ち止り、少女を振り向いた。
「きみが行くって言ったからね」
そう言ってウィンクし、また足を進めた。
名ぜりふのように素敵な響きだが、しょせんは少女に愛されようとする真奈美の、打算に満ち溢れたことばであることは言うまでもない。
二人は行き止まりに到達した。はるか上の天井に穴が開いており、そこから光が差しこんでいたので、歩いてきた道と比べてだいぶ明るい。壁を登っていけば、その穴から出ることもできるだろう。斜面は急だが、過去に何人もの人間が同じような試みをしていたのか、手や足がかかりそうなへこみで道筋ができている。命綱はないが、運動に自信のあるものならばだれでもこのルートを選択するはずだ。当然、真奈美もそうするつもりだったが、少女はどうだろう。たとえ両腕であっても自分の体重を満足に支えることのできない腕力の持ち主に、それは酷な話だ。そこで、真奈美は先に脱出し、少女をロープで引き上げることを提案した。少女はひとりになることを嫌がったが、自分の力を鑑みて、しぶしぶそれを受け入れた。
真奈美はへこみを利用してするすると壁を登った。無事に帰ることができたなら、ボルダリングを始めてみるのもいいかもしれない、と新たな趣味の発見を喜んだ。少女ははりつける背中も、からみつける腕もなく、不安でそわそわとしていた。
「早くしなさいってば。あんまり私を待たせないで」
少女の声だけが反響した。真奈美の返事がないのは聞こえなかったからなのか、返事もできないくらいに過酷な状況だったのか、少女にはわからなかった。
やがて真奈美は姿を消した。脱出に成功し、外に身を置いたからだ。しかし、いつまで経っても顔をのぞかせ、少女を見下ろすことはなかった。
さきほどの真奈美の提案に疑問を持った人はいるだろうか。そう、真奈美は懐中電灯以外に装備している道具はなかった。だというのに、あんな提案をしたのはなぜだろう。ダダをこねる少女を納得させるためのおざなりだったのだろうか。もしくは、なにか当てがあってのことだったのだろうか。初めて訪れた、何も知らない世界で?
少女はひとつの答えに思い至った。洞窟に置き去りにされてしまったのだ、と。
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