フェイズ15 サブミットorパニッシュ

「はい。どうも。君の身元引受け人のマーメイよ。じゃ、早速だけどその鎖引きちぎって。」


「……はっ?」


竜胆には目の前の少女が何を言っているのかが理解出来なかった。何度か彼女の言葉を反芻はんすうしてその意味を読み取ろうともしたが、その意図は全く掴めなかった。


「何?……もしかして出来ないの?」


そもそも何で自分が今鎖を引きちぎる事を要求されているのかすらも竜胆には分かってない。


「逆に何でただの人間にそんなことが出来ると思ったんだよ…。」


「じゃあ逆に何でただの人間が」


少女は頭上に指先を向け


「あの刀に選ばれたの?」


「出来るならこっちが聞きたいくらいだよ。」


それこそ「生きた刀」という位なのだから、自分を選んだ理由を丁寧に説明して欲しいものだが昨日からずっと頭上でぶら下がっているだけのあたり、そういった機能はないのだろう。


「…………チッ。」


「えっ何?俺もしかしてすっごい悪い事した?全く自覚ないんだけど何か怒らせるようなことした?」


「とんでもなく期待外れの人材だっただけ。

まあそれならそういう事として話を進めるけど。」


「いや何か自然な感じで会話繋いでるけど、しれっと凄い罵倒したの俺分かってるからな!?」


「うるさいな。小言の多い男はモテないよ?」


「んなっ…!?」


「で、これ。ほら、読み上げて。」


図星を突かれショックを受けている竜胆を意にも介さず、マーメイと名乗った少女は彼の目の前に橙色の用紙を突きつける。

だが…


「なあ…これ読めねぇんだけど。」


「はぁ?……ってそうか。

そういえば君、この国の出身じゃなかったんだっけ。それじゃ読めないね。」


今まで会話をしてきた人々の殆どが彼と同じ言語を話すため忘れがちだが、この広い世界で誰もが同じ言語を離す訳では無い。寧ろ、千年後の未来に彼の使う言語が未だに残っていたこと自体が奇跡のようなものだろう。

要するに、この国で使われている言語は彼の理解出来るものでは無いという事だ。


「じゃあ今から重要な所だけ適当に読み上げるから。

「松山竜胆の死刑は特例により免除。

また、第五部隊配属を義務とする。」

ほら、死刑免除されたじゃん。喜びなよ。」


「いやそうじゃない!普通に喜んでんだけどさ、その後の文は何?どういう流れで死刑免除から軍に所属してんの!?」


確かに昨日の男は俺の事を生かすと言っていた。だが、軍隊に所属させられるなんてことは初耳だ。


「仕方ないじゃん。あんたみたいなとんでもない力持った奴、野放しになんで出来ないでしょうし。うちの隊長も相当交渉に苦労したみたいだしね。」


「でもな、俺に何も言わず勝手にそういう事を進めるってのはどうなんだ…」


「分かったわ。んじゃその椅子に縛り付けられて楽しい余生を過ごしてなさいな。」


そう言い、マーメイは先程の紙を破ろうとする。


「待て待て待て待てあんた!まだ話し合いの余地はあるだろ!?

ほら、互いの妥協点ってものがあるんじゃないか…?」


「…妥協はしないよ。

君がNOと言えばこの紙はゴミ箱行き。

君がYESと言えばこの紙は君にとっての救世主になる。

2つに1つ。どっちかしか選べないよ。」


マーメイは竜胆の目の前でその紙をヒラヒラさせている。

とはいえ、選択肢が2つに固まった時点で答えは彼の中で既に出ている。


「実質一択だろこんなの…。

……本当に軍に所属するしかないんだな?」


「上層部の間ではそう結論づけられてる。

言ったでしょ。「妥協はしない」って。」


「分かった。いいよ、あんたらの言う通り軍に所属する。…所属…すんのか。」


「何自問自答してんのよ。」


「いや、軍だとか死刑だとか少し前の俺にはこれっぽっちも関係なかったのになぁ…ってふと思ったら悲しくなってきちゃってさ…。」


「だから泣いてんの?」


「泣いてねぇし!あれだから!目にホコリ入って痛いだけだから!」


「目にホコリ?

大丈夫なのそれ?放っておいたら失明するかも…」


「嘘だよ気付けよ!」


「はぁ?変に生々しい嘘つかないでよ…。ホントかと思った。」


どうやら時代が1つ違えばこちらにとっての冗談は冗談では済まなくなるらしい。


「とにかく!ほら、軍に所属するって言ったんだ。早くこの鎖外してくれよ。」


「……本当に壊せないの?」


「お前俺の事、詐欺師かなんかだと思ってるだろ。」


「実際騙したじゃん。」


「俺の国じゃ、泣いてる時はああ言うのがセオリーなんだよ。」


正直、セオリーと言えるほど彼の時代ではタイムリーなセリフでは無いが千年単位で考えればそんな事は誤差だ。


「……チッ。

なら少しそこでじっとしていてよ。私がその鎖ほどいてくれるように言うから。」


マーメイは舌打ちと共にそう言い残し、この場を去っていった。取り敢えず目の前の問題は片付けられたようだ。その後も問題は山積みであるが。

そう思い、竜胆は安堵と不安の混ざったため息をついた。

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