フェイズ11 アウト&コントロール

今、自分は1人だ。ほんの数分前までは行動を共にしていた人がいた訳だけども。

結論から言うと、俺はその人を見捨てた。

屑だと言いたければ言え。下種だと嗤いたければ嗤え。

勿論、自分がそういう人間であると開き直るつもりはないが、自分の事をそういう人間であると責めるつもりもない。

あの時、自分には怪我を負った彼女を庇いながら逃げる程の力も無ければ、人脈も無かった。

だからあの判断は間違っていない。

間違っていない。

間違っていない……はずなのに

何でこんなに走るのが辛いんだろうか。


「あー…クソっ…!」


そして彼は走る事を止めてしまった。

頭からこびり付いて離れないのだ。あの時、笑いながら自分の事を「見捨てて」と言った彼女の声が、言葉が、表情が

そして、目が。


……もしかしたら。

奇跡的に追手が彼女の事を見失い、見当違いな場所で捜索を続けていたとしたら?

可能性が無いわけじゃない。


余りにも希望的で、ご都合主義な観測。100人に聞いたらほぼ100人が「間違っている」と、答えるであろう愚かな行動。

それでも頼るもののない彼はその可能性にしがみつき、振り向いた。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


「てっ…め……!俺らが何なのか分かってやってんのか…?」

「分かってるからやってるんすよ。」


路地裏で横たわる無数の男達。

そしてその奥に右肩を抑えながらうづくまる男とそれを見下ろす赤髪の青年がいた。


「俺らはあのグランド・ネセトの構成員だぞ?

その気になればテメェみてぇなクソガキ…!」

「殺してみて下さいよ。

僕はいつでも受けて立つっす。

………お前達にも、彼らにも「刀」は渡さない。」


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


砂埃の舞い上がる店内。

いや、テーブルの殆どは瓦礫の下敷きになっており、最早それは店内と呼べるようなものではなかった。

そしてその中には壁を背にして座り込むメイの姿があった。


「いくらグランド・ネセトのお兄さんでもさ……。こんな無抵抗な乙女を殺したりはしないよね?

ほら、やっぱ人間って最低限の良心を持っとくべきじゃ…」

「「刀」はどこだ?どこにやった?」

「……知らな」


銃弾が彼女の頬を裂いた。


「もう一度嘘をついたら……今度はここに当てる。」


男は彼女の額に銃をあてがい、そう言い放つ。


「いいの?私を殺したら…手掛かりが無くなっちゃうけどさ。」

「自惚れるな。自分が交渉できる立場にあると思うな。お前は搾取されるだけだ。」


搾取でもいい。構わない。どんな形であれ、私がここでこの男を食い止めなくちゃならないんだ。

彼が逃げ切るまで。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


「ンだよ…これ。」


所狭しと横たわる男達。その中の何人かは腕や脚などが明らかにおかしい方向に折れ曲がっていた。


「あなたを追跡…いや、殺そうとしていた人達っす。」


彼は男達を挟み、竜胆の反対側に立っていた。


「その刀はあんたが持っていていいモノじゃないっす。すぐに渡してくださいな。」


赤色のパーカーを着た自分とほぼ同年代の青年。だからこそ彼の右手に持っているそれがより異常に見えた。


「あんたは…誰だ?」


彼の持つ長身の銃。そういった知識にうとい竜胆はそれがどういった種類のものであるかは分からなかったが、たった一つ分かった事がある。


「……知らなくていいっすよ。」


あれは俺を守る為の物じゃない。俺を殺す為の物だ。


「…来んなよ…。」


目の前の青年がグランド・ネセトの人間でないにしろ、少なくとも自分達の味方である可能性は限りなく低い。むしろ、そんな人間などいないと考えた方がしっくりくる。


「こっちに来んなって言ってんだろ!」


彼の叫びも虚しく、少年は彼の目の前に立ち銃口を向ける。


「動かないで下さいよ?……全部言わなくてもこっから先は理解出来るっすよね?」


有無を言わせぬ威圧感。丁寧な言葉遣いの裏に漂う静かな殺意。

間違いない。目の前の少年は自分とは明らかに違う場所で違う育ち方をしてきたのだ。

そんな人間に勝てる訳が無い。戦う事を知らず、傷付けられることを知らず、ぬくぬくと育ってきた彼が。


そして彼は生きる事を諦め、刀を首にかけた。


どうせ死ぬなら、迷惑かけまくって死んでやる。

という何とも子供じみた感情の表れであるが、彼のその行為は状況を予期せぬ方向に変える事になる。



刀が彼の喉を掻っ切ったのだ。それも、彼の意志とは別に。


「……なあ。」

「………」

「俺って何歳に見える?」


有り得ない。刀が勝手に人を殺すなど。

有り得ない。首を掻っ切られても、何事も無かったかのように立ち上がる人間など。

有り得ない…はずなのに。


「俺と同じくらいに見えるっすよ。」

「おお!そうか。意外と若いのだな。

やはり見た目は大事だからな。

じゃあお前


とりあえず死んでくれ。」


竜胆は刀を振りかぶり、少年目掛けて刀を振り下ろす。

そこには一切無駄な動きはなく、洗練された動きと言う他ないものだった。


「あんた……誰っすか?」


それを間一髪で避けた少年は思わず質問を投げ掛けた。

先程までとはあらゆる事が変わったその男に対して。


「俺か?俺は無録だ。

元「刀」のな。」


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