3-2





 奈良県と大阪府との県境に日本自衛軍の駐屯地が設置されていたのは先日の事だ。


 地域住民の避難はすでに完了しており、ここにいるのは自衛軍隊員くらいなものである。


 その駐屯基地には、九十式戦車が十三台と一個中隊が配備されている。すべての戦車は大阪府の方へと砲口を向けた状態で停車しており、いつでも動けるよう配置されている。


 ここは最前線の一つであった。休戦中とはいえ、何が起こるか分からない緊張状態である事に変わりはない。


 その駐留軍は、マンションであった建物を兵舎として利用しており、そこの一階に本部を設けていた。


 上空を飛行している偵察機からの映像などが本部に設置された機材にも送信されており、敵の動向を窺う事が可能になっていたりする。


「まさかこのような事態にまで発展しようとは……」


 一○三号室にあるリビングルームを改築しただけの臨時司令本部で、立花宗男大尉が壁をじっと見つめながらそう言った。


 立花はこの部隊の管理を任せており、ここでの全権を委ねられていた。先の二戦で多くの自衛軍隊員が亡くなり、指揮系統が混乱したため新たに組織を編成し直し、今に至る。


 立花以外には、自衛軍隊員が二人ほどその背後に立ち、真剣な表情をしたまま直立不動でいた。


「悲しいものだ。自衛軍が敵わない敵と日本国内で戦うなどになるとは……。元は同国民だぞ? バカげている」


 立花のその言葉には、嫌悪感が含まれていた。自分たちが理解できない理由で戦争を起こされている事がその源だ。


 後ろにいる二人は返事をする代わりに、目を一瞬だが閉じ、


「しかし、これは戦争です」


 隊員の一人がはっきりとそう言い切った。


「分かっている。そのために我々がいるのだ」


「その通りです」


 隊員はそれだけ言い、また押し黙った。


「勝てぬと分かっていても、我々は戦わなければならない。そうだな?」


 それに対しての返事はない。


「魔法少女達が到着するまで、ここを死守しなければならない。そうだな?」


 またしても、返事はない。


「死を恐れてはならない。そうだな?」


「はい、その通りです」


 やっと隊員の一人が口を開いた。


「ならば良い」


 ロメルスには通常兵器では傷さえ付けることができないことが証明されている。


 新素材のメトロニュウムの前には対戦車ミサイル程度だとかすり傷程度しかダメージを与える事ができない。核ミサイルであれば、ロメルスを撃破できるのだろうが、さすがにそこまでしようとは誰も言い出しはしていなかった。


「立花大尉!」


 静寂を打ち砕くように、一人の隊員が司令室に駆け込んできて敬礼した。せっぱ詰まったような表情をしており、立花達はその意味を悟り、顔を強ばらせた。


「こちらのデータにない新型がロメルス一機、レーダーにて確認致しました! 現在、こちらに向かって移動中であります!」


 動揺の色を隠しきれない隊員を見て、立花は苦笑した。その隊員と向かい合うように身体を動かした。


「その敵はいつ到着予定だ?」


 休戦の約束を日本自衛軍は端から信用していなかった。ようは、心の準備はすでにできていた。


「おそらくは二十分後だと思われます!」


「ふむ……」


 立花は顎に手を添えて、考えを巡らせる。


(新型か。おそらくは今まで相手にしてきたのよりも強力な機体と見るべきか。もしそうなのであれば、正面から相手をするのは得策ではないだろう。ロメルスとの戦闘はなるべく避けるようにと命令されているが……)


 顎から手を離し、天へとその手を向けた。


「相手をこの地で迎え撃つ。ゲリラ戦だ。切り札が到着するまで時間を稼ぐぞ。決して犬死にはするな」


「了解しました!」


 隊員はビシッと敬礼した後、足早に司令室を出て行った。


「本来ならば、我々がやらなければならない事を年端もいかない少女に託しているとは……大人として失格だな」


 自嘲気味な笑みを口元に浮かべたまま、立花は頭を振った。


 自衛軍を壊滅させたロメルス五機をたった二人の少女が撃破したと聞いて驚かされた同時に、自分たち自衛軍の脆さをも感じ取ったのであった。


 それに対して、控えている二人は何も言わず、粛々とその言葉を受け止めていた。


「作戦本部に伝令だ。魔法少女の出動要請を乞う、とな」


 真剣な表情に素速く切り替えて、立花はそう命令した。


 張りつめた空気がまた一層緊張の度合いを増したのを、立花はその肌で感じ取りながらニヤリと笑った。


「ここは死ぬべき戦いではない。生きるべき戦いだ」


「了解であります!」


 今まで口を開かなかった隊員がそう言い、敬礼した。


「了解であります!」


 もう一人の隊員も倣い、敬礼した。


「生きる事を考えろ。これは指令だ」


 カツカツと靴音を響かせながら、立花は司令室を後にした。




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