「求む、正義の味方!」 


 素っ気無く印字されたA4の紙を目の前でひらひらと示される。

 字体はよくあるゴシック体で、しかし、そこに続く文字列は何とも熱意にあふれている。まるで、子ども向けのヒーローショーのあおりだ。

 小さな小さな芸能プロダクションの社長は、面白くもなさそうに頬杖をつき、自分もその文章を読んでいる。


 園山そのやまいつき、十六、高校生。


 一足先に読みきった彼は、無精ひげ(と思われる)をやした社長を見て、もう一度紙を見て、はっきりと首を傾げた。


「なんすか、これ。シャチョー、ヒーローショーの仕事拾ってきたんすか?」

「違う」

「じゃーなんすか。番号あるってことは、え、何マジ募集してんの? セーギのミカタを? えーっ、まじっすかー? しかも名前飛竜って、かっこよすぎっしょー」


 明るく笑い飛ばす。

 樹は、この事務所の秘蔵っ子、ということになっている。が、そうとらえるのは外部の者だけで、実情を見れば、今よりも幼かった頃の樹をスタントマンとして登録してくれたのがここだけだっただけのことだ。

 樹の父の友人だったという社長は、がりがりと頭をいてフケを撒き散らす。


「ヒリュウじゃねえ、フェイロンだ」

「フェイロン? ええー、うそでしょ、いくら俺頭悪くたって、これ、そんな読み方しないっしょ」

「中国語だ」

「ちゅーごくじん? なんでそんなのが正義の味方探してんの? あ、わかった、正義の味方とかって、実は鉄砲玉探してんでしょこれ。ん? なんでそんなのがうち回って来んの? えっ、シャチョー、とうとう暴力団系に手ェ出したんすか? やばいっしょそれー」

阿呆あほう


 容赦なく、樹の頭に拳骨が落ちる。が、慣れたもので、ひょいとそれをかわしてしまう。

 樹は、社長の苦々しげな顔に目を丸くした。

 それこそ暴力団と縄張り争いに発展しかけたときでさえ、呵呵大笑かかたいしょうで迎え撃っていた男だというのに。

 少しして、大きな溜息が吐き出された。


「なあ、樹よ」

「な、何?」


 しみじみとした目つきで見つめられ、樹は、思わず後ずさった。

 社長がこう呼びかけたときにろくなことはない。そして、いつもうかうかと乗ってしまうのだから我ながら馬鹿だ。


「実はなあ、金がねーんだわ」 

「いや…それいつもじゃん?」

「今回は全くしゃれにならん具合に金がねーんだ。てことで、樹お前身売り決定」

「…はあぁあ?!」

「やって来い、正義の味方。もぎ取ってくるまで帰って来なくていいぞ」 

「いや、いやいやいや! わけわかんねーからそれっ! 俺スタントの仕事もらいに来たんだけど!?」

「似たようなもんだろ。連絡つけといてやったからな」

「ってあんた今説明読んでただろ! 詳しいとこ見ずに勝手にやっただろー!」


 このくらいは日常茶飯事、そうして結局は、樹が大人になって折れてやることになるのだった。年齢でいえば、明らかに社長が年上なのだが。


 ――園山樹、十七歳、正義の味方(希望)。 

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