「募集。正義の味方」 


 冗談としか思えないその文字列は、社員十人程度のIT企業のプログラマー募集と工場メンテナンス員募集の求人の間にあった。

 その三つが並んでいるところに、このサイトの分類のいい加減さに気付く。


 速水はやみ聡史さとし、二十七歳、プログラマー。


 思わず求職サイトのトップを確認し、ログインして会員限定のページを見ていることを確認し、彼は眼鏡のフレームを軽く持ち上げた。


「なんだこりゃ?」


 リンクしているその文字列をクリックし、折りたたんである情報を引き出す。

 見てみれば、並んでいる諸条件はきちんと型通りに書かれている。

 ただ、実際にどんなことをするのかといった部分がひどく曖昧で、詳細を知りたければとにかく連絡を寄越よこせ、とある。


 連絡先に書かれた番号と名前を別画面を立ち上げて調べると、新たな中華街になると噂の一角に繋がっていた。

 中華街=中国マフィア、というのはいくらなんでも妄想だと思うが、この場合、面白ければそれでいい。


「ふうん?」


 くるくると指先でペンを回しながら、空いているもう片方でもう一度眼鏡のフレームをつかむ。


 待遇だけを見れば、今の職場よりもいい気がする。それはいても、これが一体何なのかは、知りたいような気がする。

 もっともその衝動は単に、現状に飽きているだけともいえる。

 仕事中に、堂々と求職サイトを開いているくらいには、聡史は現実逃避を必要としていた。このままでは、仕事をしながらネットで何か流し見る日も遠くなさそうだ。さすがにそれは如何いかがなものか。

 それに、「正義の味方」という言葉は郷愁きょうしゅうを誘う。幼い日の、無邪気にテレビの特撮番組を楽しみにしていた、あの頃を。

 実のところ今もってそこから抜けられず、それがばれて彼女に去られたのはついこの間のことだが、その記憶にはふたをする。


「ネタにはなるだろ」


 回していたペンを止め、適当なメモ用紙に番号を書き付ける。

 スマホに保存するなり私用アドレスに送るなりしてもいいが、万が一を考えて帰り道にあったはずの公衆電話を使おうと考える。

 こうなってくると、ちょっとしたスパイごっこだ。


 思わず苦笑いをこぼしながら、聡史は、求職サイトを閉じた。両手を上げて大きく伸びをして、眼鏡を押し上げて目頭めがしらむ。

 いい加減、仕事に戻ろう。


 ――速水聡史、二十七歳、正義の味方(かも)。

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