「正義の味方ヒーローにならないか!?」


 あまりに怪しいその文句に続くのは、「委細は面談時に。秘密厳守」。

 そして、連絡先の名前と電話番号のみ。


 ファッション誌にきっと手違いがあって紛れ込んだに違いない、それでなければ何か大掛かりな企画の、謎をもってあおることを目的とした公告だろう。

 そう考えなければ、「ナニコレー」と無視をする。それが、大方の反応だった。


 喜多きたまりあ、十九歳、専門学校生。


 甘めの流行を追った格好をした彼女は、購入しようかどうしようかと迷っていた分厚いそのファッション雑誌を手に、小首を傾げた。


「ひーろー?」


 呟いた声は舌っ足らずで、しかし案外はっきりと聞き取れる。何しろ、腹筋を鍛え、発声練習も毎日繰り返している。

 まりあが通うのは、声優養成部門のある学校だ。


「…ちょっとおもしろそうかも」 


 ここに友人でもいれば聞きとがめたかも知れないが、学校の友人とは先ほど別れたばかりで、まりあの周囲にいるのは立ち読み目的の見知らぬ人ばかりだった。

 誰もが自分のことに夢中で、まりあに気を払うことなどない。


 まりあは、先日の講義で見たビデオを思い出した。

 最新作の、日曜の朝に放送されている仮面ライダーシリーズの一本。別学科ではあるが、卒業生が出演しているということで教材に使われたのだ。

 ヒーローとは、つまりはああいったものだろうか。それとも、バットマンやスパイダーマンのアメコミ系?

 雑誌特有の光沢のある真っ白な紙にぽつりぽつりと文字だけが載った広告(おそらく)をしげしげと眺め、再度、まりあは首を傾げた。


「どうせなら、ヒーローよりヒロインがいいなぁ」


 もう一度じっとそのページを見詰め、まりあは、雑誌の立ち読みを再開した。今年の水着はどんなのを買おうかなぁ、このキャミかわいいなぁ、などなど。

 結局、まりあは雑誌を購入することなく本屋を後にした。


 外に出ると、初夏の空はうっすらとかげりを帯びていた。取り出したスマホで確認すると、七時を過ぎた頃だ。

 夕飯どうしようかなぁと、近場で食事のできるところを思い浮かべながら、まりあは、止めていたスクーターに歩み寄る。

 レモンイエローのスマホを片手に、少し考えてタップする。


「出るかなぁ。時間は書いてなかったけど」 


 呟いているうちに、一度、二度。短いコール音の後に、若い女が出た。いくらか幼い声を選ぶ。


「あのぉ、すみませぇん、雑誌で見かけたんですけどぉ、ヒーローって何ですかぁ?」


 ――喜多まりあ、十九歳、正義の味方(候補)。

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