せいぎのみかた

来条 恵夢

赤と黄

「正義の味方にならないかい?」


 いきなり。近所のコンビニに雑誌を買いに行こうとして角を曲がってこんな風に声をかけられたら、どんな反応を取るべきだろうか。


 水倉みずくら春菜はるな、二十三歳、無職(求職中)。


 ねずみ色のパーカを羽織はおったジーンズ姿の彼女は、一瞬たりとも足を止めず、黒スーツの目の前を通り過ぎた。

 黒スーツは、慌てて春菜の後を追う。


「ちょ、待てって! 正義の味方だぞ!? ぐっとこないか?!」

「どこの誰にとっての正義。そんなちゃちい設定で引っかけたいなら、せめて、ひま持て余してる中高生にでもしときなさい」

「それは偏見だぞ。中高生だって、彼らなりに時間はいっぱい使ってるはずだ」

「どうでもいいけどあたしのところに来るのはおかど違い。通報される前に他を当たって」


 目的地にたどり着いて、自動ドアをくぐる。店員の半ば自動的な声を聞き流して、春菜はぐに、雑誌コーナーに歩み寄った。

 黒スーツは、わたわたとその後を追う。


 根木ねぎ空彦そらひこ、二十四歳、無職(大金持ち)。


 黒いスーツに黒い眼鏡と、日本国土で日本人がやるには怪しすぎる格好で、コンビニ店員の胡乱うろんそうな視線もものともせず、雑誌を選ぶ春菜の背後から覗き込んだ。


「また、求人雑誌? この間の会社もクビになったんだ?」

「部下だからって、人の生活を根ほり葉ほり聞く奴が悪い。殴ったくらいでびーび泣くなっての」

「春ちゃんに本気で殴られたら、ヒグマでも倒れると思うよ」


 ぎろりと、春菜が睨み付けると、空彦はにやりと笑みを浮かべた。


「給料は払うよ。一般的な大卒の給料と同じくらいをね。他に仲間はいるけど、上司は総司令の僕だけだ。どう、心が動かない?」


 大学を卒業してからの一年半というもの、いくつもの会社を上司や上層部とのりが合わずに辞めざるを得なくなっている春菜は、実際、いくらかかれるものがあった。この幼なじみは、癖のある奴ではあるが、免疫ができている。

 わずかに動いた眉に感情を読み取って、空彦は、更に言葉を重ねた。


「バイクを一台、備品として支給するつもりでいる。どう、正義の味方、やるつもりはない?」

「やる!」


 思わず叫んでしまってから我に返るが、もう遅い。空彦は、てのひらに隠していたICレコーダーを見せて、にこりと微笑んだ。


「春ちゃんって、言ったことは必ず守る人だよね?」


 雑誌を棚に戻して、深々と、溜息をついた。


 ――水倉春菜、二十三歳、正義の味方(予定)。

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