横恋慕

俺は今、恋愛をしている。

しかしそれは、一方的過ぎる愛情で、絶対に報われることの無い恋心だ。


「タケちゃんと一緒になれて、僕は最高に幸せなΩだ〜!」

「今日で三回目だ。はぁ……何回言っても幸せが擦り切れることは無いんだろうな……」

「そのとーり!いい事言うな〜!流石、小説家大先生だ」

「『売れない』小説家だよ」


昼下がりのカフェ。グリーンカーテンの木漏れ日に包まれて、恋心一つと男が二人。まさに小説に出てくるような爽やかでドラマティックな場面だ。

それなのに、俺はこの気持ちを伝えられずにいる。いや、伝えてはいけないのだ。勘づかれてもいけない。そうしたら最後、君とはもう「親友」ではいられなくなってしまう。


「僕とタケちゃんはね〜、大学と時に運命の出会いを果たすのです」

「始まった」

「最初はイケすかねぇモテモテ男だなって思ってた。そしたら僕の発情期がきちゃって〜、たまたま薬も切れてて、タケちゃんに襲われた」

「はいはい」

「でも、タケちゃんは僕を噛まないように我慢してくれてた。……そこで惚れちゃったよね。カッコよく見えちゃったんだ、タケちゃん」


俺の気も知らないで、君は番のことを嬉しそうに、愛おしそうに、大事そうに話す。何度も何度も聞いた馴れ初め話。もう慣れたよ。君がそんな顔して話すんだから、俺は身を引くしかないだろう。

そんな風に諦めかけてたら、君のうなじに噛み跡を見つけたんだ。「どうしたんだ」って聞いたら、「タケちゃんに噛んでもらった」って。十何年も一緒にいた俺が、見たことないような幸せ顔で笑っていた。


「よくできた話だろ。どっかの小説家が本にしてくれんないかな〜」

「絶対にしないぞ」

「大袈裟に脚色してもいいからさ!」

「人の人生で筆がノるか」


一瞬ドキッとした。俺はこの気持ちを諦めるために君とタケちゃんの物語を書いている。俺の気持ちの捌け口は原稿用紙しかない。完全なる趣味の範疇だが、出版した作品より上手く書けている。それは、君とタケちゃんがお似合いの二人だからだろう。書けば書くほど君への想いが募って、膨れ上がるばかりだった。

なのに暗い感情は沸いてこない。それどころか、晴れ晴れとした、まさに君のように明るい気持ちに包まれるのだ。


えみ!なんでこんな所にいるんだ!」

「タケちゃん!やっと見つけてくれた〜!」

貴史たかしさん、すみません。笑くんが道に迷っていたので引き留めてしまい……」

「いえ、こちらこそご迷惑を……」

「大丈夫ですよ!全然迷惑じゃないですから」

「本当にありがとうございました。引き留めてくださらなかったら隣町まで迷子になってました」

「あははっ、海も渡っちゃうかも。ほら、貴史さんと映画を観に行くんだろ」

「はいは〜い!またね!」

「…………」


俺は今、小説を書いている。

しかしそれは、一方的過ぎる愛情で、絶対に報われることの無い恋心だ。


君は今、最高に幸せだ。

その幸せが続くことが、親友であるβからの願いだ。


この小説は、俺の願いそのものだ。



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