世界が終わる5秒前

どこかの国の偉い人が、世界に呆れてこう言った。


「三時間後に世界は終わる。残された時間、好きなことをするがいい」


僕は案外、すっとその言葉を理解し、好きなことをすることを決めた。

僕の人生はあと三時間で終わる。僕だけではない。世界中の人々、世界中の命、世界さえもが、あと三時間で寿命らしい。そしたら君の命もあと三時間なのか。なら、やることは一つだと思った。


永叶えいと!どこ行くの待ちなさい!」


世界中の混乱の中の一人が、僕の母だ。テレビを見て呆然としていた母は、僕が走り出したのを見て声をあげた。

ごめんなさい。それでも僕は止まれないんです。きっと僕は親不孝者だ。



外は世界が終わるかのような狂騒っぷりだった。人が狂えば世界は狂う。世界が狂えば、終わりは思ったよりも早く訪れるかもしれない。

人混みを掻き分け、隙間に入り込む魚のように滑り込む。いつもの癖で駅に向かってしまったが、もちろん、電車が動いているはずなど無かった。ビルの電光掲示板には、「世界が終わるまであと二時間三十二分」という悪趣味なカウントダウンが表示されている。刻一刻と迫る終焉に、押し潰されそうになった。



「はあっ!はあっ、はあっ……っあ゛ぁ……っはぁ、はあ、はぁ……」


二時間ほど走り続けた。脚は棒を通り越して、鉄筋コンクリートになっている。それでも僕は、一筋の望みに賭けて君を探し続けなければいけない。あと二十分。世界は色を失い始めている。周りを見てみると、まさに地獄絵図だった。無法地帯と化した街は、血と涙と汗の匂いに包まれている。僕のスニーカーは何故か赤く染まっていた。

前に、前にと進む脚は、次第に力が抜けていき、僕は地面に膝をついた。君の家がどこにあるかなんて知らないし、普段の君の行動圏内がどこからどこまでなのかも知らない。それでも僕は君に会って、この気持ちを伝えたい。最後に僕を突き動かす衝動が、君への恋心だなんて思ってもみなかった。それを、伝えられずに死ぬなんても思っていなかった。

僕はもう虫の息で、この世界も息絶え絶えだ。カウントダウンは残り十分。


「……はじめ…………」


無けなしの唾を飲み込んで張り付いた喉から、君の名前が零れた。仰向けに寝転がった地面は冷たくて、世界の終わりを悟ったかのような青空が広がっている。僕も最期は君の名前を呼んで終わろう。


「っ……始!」


自分の声とは思えないようなしゃがれた声が聴こえる。こんな声で君を呼ぶこと、許してください。


「はじめっ……はじめ……」


呼べば呼ぶほど、君に恋をする。


最期、これが最後です。


答えてくれないのは分かってる。


それでも



「始、好き」




「知ってる」




世界が終わる5秒前、僕たちの恋が始まった。



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