パンツはいちご柄じゃない! 七枚目

「あ!筆箱忘れてきました!ちょっと取ってきます。先に行っててください!」

仮屋くんの女装デビュー初日は無事終わり、みんなで下校しようと仮屋くんが俺の教室にやってきた。しかし、すぐに自分の教室に戻っていってしまった。ドジな仮屋くんはよく忘れ物をしたり、躓いたり、道に迷ったりする。まだ知り合って間もないけれど、既に忘れ物は恒例になっていた。

「おーい、やーまとー!行こうぜー!」

廊下の曲がり角から顔を出して、誠吾くんが俺を呼んでいる。仮屋くんとすれ違ったらしい。話は早い。

「うん!」

教室から出てくる生徒を躱しながら、小走りで誠吾くんの元へ駆けていく。誠吾くんはもう歩き出していて、一階へと続く階段を降りている。

「なんかっ、こうして二人でいるのも久しぶりな感じがする」

校内専用のシューズを鳴らしながら階段を駆け下りた。誠吾くんは振り返りもせず前を歩いていく。

「最近はずっと真麻と一緒だったからな」

ブレザーのポケットに手を突っ込んで、しみじみと言った。窓からは夕陽が差し込んでいる。夕方になれば、昼の暑さが嘘のように引いていく。

「で〜も〜っ、嫉妬なんかしちゃダメだぜ。ダーリン」

久しぶりに見た誠吾くんのイタズラ顔は、急に近づいてきて、俺の唇に触れた。子供同士がするような軽いキス。けれどそれは確かに熱が籠っていて、胸が焦げそうになる。

周りに人がいたら恥ずかしいと思い、キョロキョロとしたが誰も見当たらない。

ホッと胸を撫で下ろしていると、喧嘩のような怒鳴り声と叫び声が聞こえてきた。耳をたててようやく聞こえるほどの微かな声だが、確かに聞こえた。恐らく、この地域で有名な我が校の不良グループだろう。犯罪にまで手を染め、地域住民から恐れられている悪名高い集団だ。

「……校内で問題を起こさないでもらいたいものだな。いや、どこでもダメなものはダメなんだけど……」

誠吾くんも声が聞こえたのか、呆れたように肩を竦めた。

「ま、さっさと帰るに越したことはないだろ。早く真麻と合流して……」


「……この声……仮屋くんだ……!」


確かに聞こえた。助けて、と。


「っ待て!危ない、行くな!」

後から聞こえてくる誠吾くんの声を完全に無視し、俺は走り出していた。微かに聞こえる声を頼りに、校舎裏や植木の裏を探し回った結果、彼らは部室棟の裏手にいた。


「ハぁ!?コイツ男!?」

「ハズレどころか挿入れらんねえじゃん」

「マジかよ、気づかなかったわ」

「キモ、女装癖の変態かよ」

「興奮する?ねぇ、興奮する?」

「……っ……あ゛うっ!」


五、六人の男に囲まれ、壁にもたれ掛かる仮屋くんがいた。制服は剥がされ、髪は乱れている。数々の罵詈雑言を浴びせられ、終いには蹴りを一発入れられている。

「クソっ!アンタら……っどけ!」

堪忍袋の緒が切れた、いや、堪忍袋など木っ端微塵に爆ぜ散った。

一番近くにいた男を蹴り倒し、もう一人に殴りかかる。全員が戦闘態勢に入るのは目に見えている。そんなこと、考えられないくらい怒り心頭だった。喧嘩なんてしたことないくせに。

「真麻!」

「ししょう…!」

追って来た誠吾くんが前に立ちはだかる男の股間を蹴り上げ、仮屋くんの元へ駆け寄った。安心しきったようにボロボロと泣き始める仮屋くんを宥め、シャツを整えた。

「スミマセンっ……スミマセンっ……」

「泣くな、お前が可愛すぎるんだよ」

面倒見の良い兄貴のようにみえる。仮屋くんの背中をさすり、こそこそと戦線離脱した。

未だ戦闘が続いている俺は、格闘ゲームやヤンキー漫画の中にいるようだ。

「っ!」

やらないと、俺がやられる。本能的な恐怖を感じる。ハイエナの群れに囲まれた兎の気分だ。兎は兎なりに、精一杯の力で抵抗する。

「テメェ……、何しとんじゃボケェ!」

「がぁっ……!」

人を殴ったのも、殴られたのも、今日が初めてだった。


「大和…………おい!大和!」

「ダメっす、師匠!」

チンピラ共にボコボコにされた俺は、朦朧とした意識を必死で繋ぎとめた。口の中に広がる血と土の味で頭が痛い。いや、殴られたから痛いのか。

誠吾くんの声が聞こえる。ダメだよ、こっちに来ちゃ。仮屋くんも言っているじゃないか。

「ぐぁっ……!」

「……ヒイッ、ぅお゛!」

誠吾くんの足音の次に聞こえてきたのは、チンピラ共の呻き声だった。

「……バケモンかよ……」

あぁ、そうだ、誠吾くんは強いんだ。俺なんて屁でもないくらい。

「俺の家、道場なんだよね」

そんなの、初耳だよ……誠吾く……ん……。

俺の意識はそこで途絶えた。

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