パンツはいちご柄じゃない! 六枚目
「すごい……」
耳を疑った。拒絶はされず、暴言は吐かれず、引かれもしない。その代わり、感嘆の声が仮屋くんの口から漏れ出した。
「かっ、可愛いっす!おれ、こんな綺麗な男の人見たことないです!」
呆気にとられている俺を横目に、仮屋くんは誠吾くんへ詰め寄っていく。その瞳はキラキラと輝いていて、口を挟める空気ではなかった。
「お前……引かないのか?こんな女装してんのに?」
明らかに動揺している誠吾くんが後ずさる。
「前のおれだったら引いてたと思います。けど……なんか、胸がギュンってして、熱くなるんです……」
恋をしている少女のように胸を抑え、誠吾くんの瞳を強く見据えている。
おいおい、好きになっちゃいました!とか言うなよ。誠吾くんは俺の彼女だぞ。素直で実直な仮屋くんなら言ってしまってもおかしくない。
誠吾くんの両手を握り、跪いた仮屋くんは想定外の言葉を叫んだ。
「おれを!弟子にしてください!」
え、えぇ……。
「!……分かった!お前を最高の女の子にしてやる!」
ええぇぇぇぇ…………。
「……どうしてそうなった……」
運命の出会いを果たしたような二人を祝福すればいいのか、割り込めばいいのか、俺には全く分からない。でも、なんか複雑だ。
「おれも先輩みたいに可愛くなりたいです!」
「先輩じゃない!師匠と呼べ!」
「はい!師匠!」
いや、誠吾くんに良い友達ができたようで嬉しい。他の人と話しているのを見たことがなかったから、友達がいないんじゃないかと心配だった。けれど、その必要もなくなったみたいだ。
誠吾くんは男なんだよなぁ……。
わかってはいたつもりだったけど、こうして目の前に突き出されるとにわかに信じがたい。
彼女が男。違和感を覚える文章を、何度も心の中で復唱する。
俺は、本当に誠吾くんを愛せているのだろうか?
「おはよう、大和!」
「あぁ、おはよう誠吾く……ん!?」
いつものように後から誠吾くんの声がする。あの保健室騒動から約一週間。誠吾くんは仮屋くんと二人でいることが多くなった。師弟というより姉弟のようだった。
それが今日、姉妹になった。
「あ!先輩、おはようございます……!」
誠吾くんの後ろで恥ずかしそうに身を隠す少女を、俺はよく知っている。誠吾くんの女装に感銘を受け、自分も女装願望を抱いた彼だ。
「仮屋くん、ずいぶん変わったね……?」
「ひぃっ……!おれだって分かりますか?」
身を縮こませる仮屋くんは、どこからどう見ても可憐な女子高生だ。元から長めだった金髪を切りそろえ、耳の上で留めている。少し動くたびに、キラキラと光るヘアピンはカラフルでとても似合っている。正直、一瞬誰だか分からなかった。
「ううん、分からなかった。すごく似合ってるよ、仮屋くん」
誠吾くんの背中に隠れたままの仮屋くんは、小さな声でありがとうございますと言った。
「オレの弟子はなかなか筋が良い。師匠であるオレのおかげでもあるが……」
拳を腰に当て胸を張る誠吾くんが、後ろから仮屋くんを引っ張り出てきた。
「可愛い顔しとるんだよ。こいつ」
「は、恥ずかしいっすよ!まだ慣れてなくて……!」
じゃれている様子を見ていると微笑ましく感じる。ついこの間まで生粋の男子高校生だった仮屋くんが、一週間でここまで変わるものなんだ。元々のポテンシャルがすごいのか、誠吾くんの女装術がすごいのか……。
「そうだ、前から気になってたんだけど。女子制服はどこで手に入れるの?性別は男で入学してるよね?」
仮屋くんがめでたく女装デビューしたついでに、出会った時から気になっていたことを質問してみた。
「なんだ知らないのか?うちの学校は、申請すれば男子生徒でも女子制服を買えるぞ。その制度があったからここを選んだんだよ」
初めて聞いたな。俺は一番近い高校がここだったからってだけで受験したから、あまり詳しいことは知らない。
「へぇ、知らなかったな。じゃあ女子生徒もズボンを履いてたりするのか?」
「あぁ、いるよ。っていうか大和のクラスの矢上さん、女の子だぞ」
呆れたように片眉をあげ、ため息をつかれた。確かに知らなかったけど……。
「知らなかった……。あー、あれか、LGBT的なやつか」
最近メディアで取り上げられているから、俺でもなんとなくは知っている。誠吾くんはどれにも当てはまらないらしい。
「それが大体だろうけど、服装の自由?的な感じのもあるのかな。で、その中にオレたちがいるわけよ!な!」
「はい!この学校に入って良かったっス!」
「あっははは!可愛いなー、お前はー!」
楽しそうに肩を組む二人は先に校舎へと入って行った。
男、なんだよなぁ……。
あれから、ずっと考えている。俺は誠吾くんの本質を愛せているのだろうか。
毎日手を繋ぐし、二人きりになったらキスもする。けれど、まだ女の子だと思って接しているのかもしれない。でも、今の誠吾くんは「彼女」ではなく「彼氏」という方が適切だと思う。
どっちが正しい愛し方なんだろう。
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