パンツはいちご柄じゃない! 三枚目

「ここは……」

誠吾くんとならどこでも楽しめると思う。思うけど……。ここは、どうだろうか……。

「い、嫌なら……別に……」

誠吾くんがこれまでにないくらい真っ赤になっている。誠吾くんの勇気を無駄にすることはできない。ここは、腹を括ろう。

「大丈夫、大丈夫。うん、全然大丈夫」

「でも、郡、すっごい震えてるけど……」

まずい、動揺が隠しきれない。どうしよう、汗も出てきた。

「やっぱり、さすがに郡でも引くよな……。下着屋さん……に、連れてこられちゃあ……」

あー!待って、そんな悲しそうな顔しないで!くそぅ、俺の可愛い誠吾くんのためだ!

「行こう!誠吾くん!誠吾くんにぴったりの下着を見つけよう!」

「!ありがとう!郡がいてくれて良かった……!」

目頭に涙を溜めて笑うものだから、断らなくて良かったと心底思った。なんだか聞くタイミングを逃してしまったが、誠吾くんはなんで……女性の下着……が欲しいのだろう。やっぱり下着も女性用じゃないと嫌なのかな。

案外ズケズケと店内を物色する誠吾くんは、本当に女の子みたいだ。誠吾くんを見ていると性の境目が分からなくなる。

俺はやっぱり恥ずかしい。世の女性の服の下を覗き見ているようで。

「そちらの商品、AAAからBまでご用意しております。ご試着致しますかー?」

真剣に選ぶ彼の姿を見つけた店員が、おすすめをしに近寄ってきた。下着の試着ってどんなふうにするのだろう。店員に見られたりするのだろうか。

「あ……!いや大丈夫です!……あの!すみません、これの、ピンク……ってありますか……?」

「はい!少々お待ちください」

挙動不審気味の誠吾くんは、ピンクの下着をお望みらしい。誠吾くんがじっと見ていたセットアップの下着は、控えめなリボンがついている落ち着いたデザインだった。だんだんきらびやかな店内も見慣れてきて、周りの商品も見渡してみると、もっと派手で可愛らしいデザインのものがたくさんある。まだ目線が泳いでいる誠吾くんに囁いてみた。

「もっと派手なのでも似合うよ、誠吾くんなら」

「な、あ……ん……う……!」

熟れていく果実のように、みるみるうちに赤くなっていく。その様子がとても可愛かったからもう一度囁いてあげようかと思ったけれど、さすがにそれは嫌われそうだ。

「お客様、申し訳ございません。ピンクは人気のカラーでしてー、ただいま在庫が無い状態なんです。」

ちょっと変な空気の時に店員が戻ってきた。

「うえ、あ、そうなんですか……。じゃあ、もうちょっと見て回ってます……!」

まだ熱が冷めきらない彼は、焦りながら返答した。この下着が無いのなら、俺から別の下着をすすめしてみてもいいかもしれない。

「申し訳ございません。またご用の際はお声がけ下さーい」

店員は会計カウンターから裏へ消えていった。

「誠吾くん、緊張してる?最初は大丈夫そうだったのに」

さっきの、何かに耐えるような誠吾くんが可愛くて、俺の加虐心が煽られたようだ。今度は自分から手を絡めていく。拒むような反応は見せないし、また頬が染まり始めている。

「意識したら……恥ずかしく、て」

空いている左手で口元を覆う仕草が、さらに俺を煽っていく。

「意識って……誰を?」

我ながらなかなかに意地悪だ。


「こ、おりっ……」


「……やだ、下の名前がいい」


本当はずっと下の名前で呼んで欲しかった。


つい熱くなってしまったこの意地悪も、これで終わりにしよう。


「……やまと……」


うっとりした声で、名前を呼ばれた。彼の声が耳を通った瞬間、彼の瞳を捉えた瞬間、何かが外れた気がした。


「誠吾くん、可愛い」


ショッピングモール内を歩く誰からも見られないように、商品が並ぶ店内の奥に誠吾くんを引き寄せた。繋いだ手はそのままに、唇だけを甘く重ねた。

誠吾くんがもう少し高めの靴を履いてしまえば、身長差は無くなってしまう。お互いの息を、お互いの熱を一番近くに感じながらキスをする。

誠吾くんはキスに積極的で、今まで四日間でしてきたキスはすべて誠吾くんからだった。今回のキスは俺からだけど、一回息継ぎをしたあとは誠吾くんから俺の唇を吸ってくれる。

「はぁ……やまと、好き……」

誠吾くんの甘い感嘆は、俺の心臓の回転数をさらに上げた。

「っ……可愛い……!」

「!待って!……待って……」

止まらない猪みたいにまた誠吾くんに噛み付こうとしたら、繋いでいない手で袖を引っ張られた。息を荒げ、目尻を濡らす姿も十分可愛いが、誠吾くんに止められたという事実が俺を冷静にさせる。


「オレ、も……むり……」


無理。その一言が頭の中でこだまする。

俺、嫌われた……?こんながっついちゃったから、ケダモノみたいな男だと思われた?俺、捨てられちゃう……?

「む、無理って……?」

嫌なことばかり想像してしまう渦の中で、精一杯言葉を紡いだ。


「これ、以上……したら、オレ……ヤバいから……」


俯き、顔を手で覆っていて表情は全く見えないけれど、バチンと胸を弾かれたような刺激を感じた。

「っ……!あーーーっ……!俺も無理。可愛い」

これ以上酷くしないように、けれどどうしてもこの想いを伝えたかったから、完熟の果物を包むように抱きしめた。

「大和、なぁ大和」

誠吾くんが俺の腕の中で、もぞもぞと体を動かし始める。

「……?なに?」

「下着、見たい……」

「あ、ごめん!可愛くて……つい」

慌てて腕の拘束を解き、両手を上げる。誠吾くんはそっぽを向いて自分の腰に手を回している。

「か、可愛いって言ってくれるのは嬉しいけど、そんな可愛い可愛い言われるのも……恥ずかしいっていうか……」

う〜〜〜!可愛い〜〜〜!誠吾くんを表す最高の言葉は「可愛い」しか思いつかないんだ。

「よしっ!分かった!好きなだけ選びなさい!俺が全部買ってやる〜!」

もしかしたら、さっき外れたのは理性のストッパーではなく頭のネジだったのかもしれない。

言葉で表わせないのなら……お金だ!前に父が、男は結局金なんだよと飲んだくれながら言っていた。その言葉を信じていいのかは分からないけど、今思いつく愛情表現はお金しかなかった。

「っあはは!なにオジサンみたいなこと言ってんの。女の人に貢ぐオッサンかよ!」

やっと笑ってくれた。ほっとしたのも束の間、誠吾くんの腕には山のように下着が積まれている。


「…………それ、全部買うの?」

一瞬にして血の気が引いていく。


「うん!」


よし、可愛いから許す!

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