大好きだよ、佐東さん 中


…………。


〝主人公がヒロインに出会うシーンから始まるんだ。まずヒロインは主人公に一目惚れ。でもその想いは秘めておくんだよ〟

〝どうして?〟

〝主人公はいい所の坊ちゃんで、許嫁がいたんだ。そして主人公とヒロインと許嫁の三角関係になる。ここまでは至って普通な恋愛ドラマだろう。でも、この小説はここからが普通じゃないだ!〟

〝僕も読んでみたいな〟

〝本当!? やった!〟

〝あ〜、でも僕、小説苦手なんですよね〟

〝そっかぁ。じゃあ映画を見に行こうよ! 今度実写版が公開されるんだ。来週の土曜は空いてるでしょ?〟

〝は、はい! 喜んで! 佐東さんが絶賛するなら、きっといい作品ですよね! 楽しみです!〟


ピッ、ピッ、ピッ、ピッ…

ドッ、ドッ、ドッ、ドッ…


鼓動と機械音が鼓膜を刺す。目を開いても見えるのは一面の白だけだ。夢でも見ているかのような心地は、背中の激痛で打ち砕かれた。

「さとうさん……」

やっとの思いで絞り出した声は、最愛の人の名前。自分で発した声は、自分の鼓膜を震わせ、涙腺までも震わせた。

「佐東さん……」

一体何があったのか理解できない脳は有給をほしがっている。重たい瞼を閉じ、気絶するように眠りについた。


…………。


「…ん臓の音の停止と呼吸の音の停止、瞳孔の散大と対光反射の消失を確認いたしました」


え?


「十九時二十一分」


まって。



「お亡くなりになりました」



カーテン越しに聞こえてきた声は、暗く、淡々としていた。誰の泣き声も聞こえない病室で、彼は息を引き取った。


「佐東、さん」


微かな僕の声を聞いた看護師が、カーテンを開けて覗き込んでくる。

「先生、意識戻りました」

「そうか……」

お気の毒に、そんな言葉がついてきている気がした。

「佐東さん、映画……観にいこ、う」

これは夢だと思った。もう一度目を瞑り、目が覚めたら隣で佐東さんが笑っている。幸せな日々が戻っている。これは夢だ。こんな辛い現実、あっていいわけが無い。佐東さんは僕の最愛の人だ。

「佐東拓夜さんのパートナーの方ですか?佐東さんはたった今、旅立たれました。今あなたに伝えるのは酷かもしれませんが、落ち着いたら声を掛けてあげてください」

医師は残酷だった。今世界で一番可哀想なのは貴方だ、とでもいうような口調で佐東さんの死を告げた。

貴方の最愛の人は、殺されたのだと。

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