大好きだよ、佐東さん

まゆげサレン

「大好きだよ、佐東さん」全三話

大好きだよ、佐東さん 上

その日、僕は佐東さとうさんと映画を見に行く約束をしていた。佐東さんが大好きだという小説の実写版らしい。ネタバレしないように注意深く、興奮で頬を赤く染めて内容を教えてくれたことがある。その時の佐東さんはとても可愛くて、いつまでも見ていられそうだった。

僕と佐東さんは恋人同士だ。恋人というより、家族と言う方が正しいかもしれない。お互いがお互いの将来を預け、一生添い遂げると誓った。去年引っ越して同居を始め、パートナーだと市に認められ、これ以上ない幸せを噛み締めていた。

佐東さんのストーカーや僕達の関係を認めない両親のことをすっかり忘れて。


「佐東さん、佐東さん、佐東さん! 佐東さんっ! 佐東さんっ……! っあ゛ああぁぁ! ……佐東さん!」

上映時間まで、あと二十五分。映画館のすぐ隣の喫茶店で暇を潰していた僕達は、映画を観るために店を出た。


〝ねぇ、もう映画館に行っちゃおうよ。どうせポップコーンとか飲み物とかも買うでしょ? 早めに行こう〟

〝そうですね。僕、チュロス食べたいです! 行きましょう! 〟


佐東さんの手を取って、お会計を済ませて店を出た。


トスン。


僕に手を引かれる佐東さんは、力無く崩れ落ちた。振り返ると、佐東さんを挟んだ先に女が立っていた。小柄で華奢な体には似つかわしくない、赤いサバイバルナイフを持って。

「なんで男なんかと一緒にいるの! 死ね! ぶっ殺してやる! 私はずっと拓夜たくやを愛してたのに! あたし、拓夜のお父さんとお母さんに挨拶もしたのよ! 拓夜とあたしは結ばれてるの!」

女はひどく興奮していて、震える腕でナイフをこちらにも向けてきた。殺されると思った。実際彼女は殺意をこちらに向けている。なぜだか、逃げようとは思わなかった。胸の血溜まりがどんどん広がっていく佐東さんに覆いかぶさり、僕はそこで真っ黒になった。

最後に触れた佐東さんは、まだ少し温かかった。

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