第一章 Light

 "この遺跡の目的?構造?本来どのようなものであったにせよ、今では地平に横たわる風変わりなものに過ぎない。"



「これは……何?」

 目の前にあるデスクのような物を見て僕は呟いた。独り言だが、ソフィアが答えてくれる事を期待して言った。

「分からない」ソフィアが答える。

「え?」

「データベースにアクセス出来ない」

「あ、そうか。地下だったね。忘れてたよ」

 地下数百メートルの部屋に僕とソフィアは居る。ずっと昔には居住スペースだった所だ。今では遺跡同然だが、未だに設備が動いているのには驚いた。中でも驚いたのは、自然光を模した巨大な電灯だ。

 居住区全体が大きな地下空洞になっていて、それを支える柱に人が住んでいたらしい。天井部から人工光が降り注ぐ仕組みだ。どんなふうに造られたのか、都市の発電はどうなっているのか、非常に気になるところだ。その辺りの資料の調査も依頼に含まれているのだろう。

 僕はトレジャー・ハンターのような事をしている。テロや紛争、災害なんかで何十年も前に廃墟になった手付かずの場所を渡り歩いては、色々なお宝を拾い集めているのだ。お宝、というのは大雑把な表現だ。概ね、それらは情報である事が多い。もちろん電子機器とか、貴金属とか、たまには玩具のようなお土産も持ち帰る。けれど、今の世の中で最も価値があるのは情報、データである事は間違いない。使えるデータには価値がつく。価値がつけば、金を出す人間がいる。基本的にはその為に働くけれど、個人的興味から出向く事もある。今回は前者だ。

 最近、とある民間企業からよく依頼が舞い込んでくるようになった。結局のところ彼らがどういう会社なのかは分からないけれど、表向きには民間警備会社らしい。それが本当かどうかは怪しいところだ。僕としては、良いクライアントである事に変わりはないので、実態が何であっても構わない。

 ソフィアはその会社に所属している。彼らから依頼を受ける時は常にソフィアがアシスタントとして派遣される。彼女は僕なんかよりもよっぽど優秀な人材だ。僕に依頼をする必要があるのか、と常々不思議に思っている。きっと、公的な調査をするのに資格を持っている僕を介すのが楽だからだろう。それ目当てでの依頼は多い。まあ、そのおかげで色々と出向けるのだから僕も文句は言えない。

 さて、そんな訳で依頼を受けた僕はソフィアとこの地下コロニーへやって来た。ここの住人の記録。その回収が今回の最優先事項だと伝えられている。

 都市への入り口は手酷く破壊されていたが、中のエントランスは綺麗なものだった。"ようこそミカワ"なんて看板も、そのままで残してある。ミカワ、というのがコロニーの名前らしい。そのまま進むと、エレベーターがあった。まだ動いている事に驚いたが、危険性は無さそうだったので乗り込むことにした。万が一があっても、ソフィアは大抵の事に対応してくれる。自分が駄目になりつつある事を自覚しながら、エレベーターに乗った。

 しばらくの間、エレベーターの窓からはコンクリートと鉄骨の灰色しか見えなかったが、少し地下へ降りるとガラス張りのエレベーターから外の景色が一望出来た。奇妙な気分だった。

「綺麗な景色だね」

「そうね」感情の無い声。何だか馬鹿にされたような気になったが、それはそれで面白かった。

 エレベーターの外からは、他に三つの建物が見えた。巨大な角柱にいくつか窓がついている。地下空間の端は見えない。このエレベーターはちょうど真ん中に位置しているらしい。

「まさしく"摩天楼"、って訳だ」

「摩天楼って?」

「天を摩する楼」

「ふぅん……」

 下方の地上を見ると、様々な植物が生い茂っている。どれも背の低いものだ。恐らく人工物だろう。この環境で光合成をする本物の植物を育てるメリットは薄い。眺めていると、鳥が何羽か飛んでいるのが目に映った。

「わぁ、本物かな?」

「エンタテイメント・ロボットでしょう。この頃の物にしてはよく出来ている」

「うん」僕は適当に相槌を打った。会話を振っておいてこの様か、と思われるかもしれないが、誓って僕の会話スキルのせいだけでは無いはずだ。

 しばらくして、エレベーターは地上の建物に止まった。出ると、空港のラウンジのような場所だった。

「ここで出入りを管理していたのかな……」

「さあ」

 ソフィアはそっけなく返事をした。先へ進むと、やはり空港のようなゲートがあった。どうやら、先程の仮説は正しかったらしい。しかし、それには疑問が残る。

「どうして、地上にこの施設を置かなかったんだろう」

 ソフィアは答えなかった。恐らく同じ疑問を持っているはずだ。僕らはゲートの前で立ち止まった。

「……探知機だけど、動いていない」ソフィアが言った。

「他のシステムは動いているのに、ここだけ?」

「とにかく行きましょう。この施設を管理している場所があるはず」

「うん」

 ゲートを抜けてすぐ、その場所は見つかった。出口の案内とは反対の方向にガレージのようなスペースがあり、そこの壁に小さなドアがあった。恐らくこのスペースは荷物の搬入などに使われたのだろう。

 "STAFF-ONLY"と大きく書かれたドアを開くと、中はモニター室のようだった。八畳ほどの部屋の壁には何も映っていないモニターがずらりと並んでいる。その下にはスイッチやレバーのあるボードがあり、キャスターの付いたチェアが収まっていた。

 しかし、それらよりも早く眼についたのは部屋の真ん中に置いてあるデスクだ。デスク、と言えるのかどうかさえ怪しい。何せ、デスクらしいのは天板だけで、足の姿が見えない。その部分は毛布に覆われている。横から見るとちょうど台形になる形だ。四角いものに毛布を被せて、上から板を載せるとこんな感じだろう。

「これは……何?」僕は呟いた。

「分からない」

「え?」

「データベースにアクセス出来ない」

「あ、そうか。地下だったね。忘れてたよ」

 ソフィアに分からないのだから、僕に分かるはずもない。とにかく目の前のこれが何であるか、推測するしかない。

「ソフィア、中身は?」僕は尋ねる。すると、ソフィアはこめかみに手を当てて目の前のそれに視線を向けた。

「空洞。机と毛布のあいの子みたい」

「やっぱりデスクなのかな。危険はない?」

「机の裏側に何か機器があるけど……うーん、分からないわ」

「爆弾じゃなければ良いよ」

 そう言いながら、僕は毛布の一端を両手で掴んでめくり上げた。中は、ソフィアの言ったとおり空洞だった。

 机の下に顔を入れて、先程ソフィアが言っていた机部分の裏側の機器を見る。四角い黒の箱だった。

「うーん、なんだろうね。コードがついているけど」

「コード? 電源の?」

「うん、そうみたい」

 僕は機器の横に結びつけられていたコードをほどいて、毛布の外にプラグを出した。

「えらく旧型ね」

「そんなに珍しくもないよ。昔は全部こんなのだったんだ」

 毛布の中を探してみたが、コードと機器以外にめぼしい物は見当たらなかった。

「多分だけど、暖房器具じゃないかな」僕は言った。

「私もその可能性が高いと思う」

「ここの人は、発明家だったのかもね。これ、すごく暖かそうだよ」

「ううん……」ソフィアは納得がいかない様子だ。

「やっぱり気になる?」僕は聞いた。

「こんな暖房器具なんて必要なかったと思う。技術的にもっと優れたものがあってもおかしくないのに」

「それは、そうかもしれないね」

 この都市の造られた正確な時期は分からないが、道中の風景を見るに百年も遡らないはずだ。それこそ、今僕が着ている電子繊維だってその頃には開発されていただろう。それに、ソフィアの言ったとおりプラグが古すぎる。他は無線なのにこの部分だけ有線なのも奇妙だ。とにかく、腑に落ちない事ばかりだった。

「僕らみたいな人が持ち込んだのかも」

「その可能性は高いと思う」

「電源入れてみる?」

「危険が無いとは言い切れない」ソフィアは眉間に皺を寄せる。

「じゃあ、他から調べようか」

「ええ」ソフィアは答えた。


 まずは同じ部屋にある端末から調べることにした。この建物で入出者を管理していたのなら、そのリストが残っているだろう、という予想からだ。

 ソフィアが壁際の操作盤に触れる。すると、モニターのいくつかが淡い光を放ち始めた。こういった機械類の操作は、ソフィアに任せている。僕もからきしという訳ではないけれど、ソフィアの方が適任なのは間違いない。今回はそもそも、目的のデータの詳細を僕は知らされていない。僕はソフィアの後ろから、彼女の作業を眺めていた。

 ソフィアがしなやかな指をキーボードの上に滑らせると、モニターは目まぐるしく変化する。僕ではこうはいかない。既に、いくつかのセキュリティをくぐり抜けているようだ。

「あった」

「え、もう?流石だね」

 ソフィアは何も答えない。しかし、横顔を見ると口元が微笑んでいる。これは機嫌の良いときの沈黙だ。何度か一緒に仕事をして、少しは彼女の感情の機微を読み取れるようになった。褒められると素直に喜ぶタイプなのだ。

「うーん、駄目。プロテクトがかかってる」

「時間がかかる?」

「一年くらいかければ出来るかもしれないけれど、ちょっとこのセキュリティは尋常じゃない。下手にいじるとどうなるか……」ソフィアは言った。

「参ったね。データそのものはここにあるの? それともアクセス権の問題?」

「それも分からないけれど……ネットに接続していないなら、この媒体に保存されているはず」

「ふーむ。有線で接続されててもおかしくはないよね」

 モニターには、パスワードの入力を求める画面が表示されている。肝心のファイルは暗号化されているのだろう。

「プロテクトがかかってるって事は本物の入出記録だろうね」

「それはほぼ間違いない」

「でも、とりあえずはお手上げ、か」

「ええ」

 僕は部屋をぐるりと見回した。他に、調べる価値のある物は無さそうだ。さっきの毛布付きデスクを除いて、だが。僕がそちらに視線を向けていると、ソフィアも近くに来た。

「やっぱりこれ、気になる?」ソフィアが言った。

「うん。何か重要な物なんだと思う」

「根拠は?」

「勘」

「またそれ。たまには別の根拠を聞いてみたいんだけど」

「そうだなぁ……」僕は言葉を濁した。

 勘と言っても、根拠無しに言っているわけではない。経験上、違和感だとか、どうもしっくり来ないぞ、と感じる事がある時は、必ず立ち止まってそれをつぶさに観察する事が大事だ。廃墟を渡り歩いていると、色々な人間の色々な人生が見えてくる。彼らの遺した足跡はそういう所に隠れている事が多い。そのサインを見逃す事のないよう、僕はいつもアンテナを張っているのだ。

 ……というような事を言いたかったのだが、僕が頭の中の言葉を整理し終わるよりも、ソフィアがため息をつく方が速かった。

「分かった。もういい」ソフィアは言った。

「あっ」僕は一つ思いついた。

「なに?」

「これ、他の部屋にもあるんじゃないかな」

「どうしてそう思うの?」

「いや、なんとなく」

 ソフィアがまたため息をついた。

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