第12話 再会は桜の木の下で


 朝食も終わり、食堂の中も一通り片付いてきた頃、エマさんが話し掛けてきた。


 「サニー様。今日はどのようになさいますか?」


 「朝はノルンちゃんと少し話したいから、お昼から四区を覗いて夕暮れには城に戻ろうか」


 「分かりました。ではそれまで私は部屋に居りますので」


 「うん。分かった」


 そう。お話したいのだ。

 例のことについて。

 ノルンちゃんと。


 ふぅ……と、ひと息つきながら厨房から出てくるノルンちゃんを見ると、俺の視線に反応してか、少し固まっていた。

 だが次の瞬間、いきなり手を引かれて宿の外に連れて行かれた。


 しばらくお互いに無言で移動すると、ノルンちゃんが立ち止まる。

 辺りを見回すと、そこには驚く光景が広がっていた。



 桜だ。

 見紛うことはない。桜そのものだ。

 今は前の世界の暦で言うところの春に位置する。

 桜はこの世界ではサンメルの木と言うらしい。


 桜は俺にとって特別だ。

 単純に好きな花だからというのもある。

 だが、俺が乃愛に告白したのも桜の木の下だった。


 中学二年の新学期初日、桜が舞い散り、辺りが暗くなってきている夕暮れに想いを伝えた。

 ありふれた言葉だったと思う。

 だが、乃愛は笑顔でそれに答えてくれた。

 気持ちのいい二つ返事だった。


 そんな場所に案内されたのだ。

 恐らく意図的に・・・・


 「これは桜……だね」


 「やっぱり、そっちの名前・・・・・・を知ってるんですね」


 「まあね」


 「……」


 「教えてくれるかな? 君のことについて」


 「その前に一つだけ確認しても良いですか?」


 「ああ」


 「あの日、ようとしていた物は?」


 「youの名は」


 自然に出てきた。

 恐らくあのことだろう。


 「それで君の名前は?」


 「もう……分かっているんでしょう?」


 「うん。会いたかった」


 「私もです。さっくん・・・・!」


 その言葉を聞いた瞬間、俺は乃愛・・に抱きついていた。



 しばらくお互いに無言で抱き合っていた。

 ただ、どちらのの顔も涙でぐちゃぐちゃだった。


 俺はエマさんに持たされていたハンカチで乃愛の顔を拭き、服の袖で自分の顔を拭った。


 「さっくん、一つだけ聞いて良いですか?」


 「一つと言わず、なんでも聞いてくれ」


 「あの時・・・私は、いえ、私達はどうなったんでしょうか?」


 「……多分、死んだんだと思う」


 「そうですか」


 「うん。異世界に転生したくらいだからね」


 「そう、ですね」


 「……」


 言葉が見つからない。

 あの時のことは今でも鮮烈に記憶している。

 嫌な思い出だ。


 「ごめんなさい。ごめんなさい、さっくん」


 そう言いながら乃愛は再び泣き出した。


 「何がだ?」


 「だ、だって……わ、私のせいで……さっくんまで……」


 「俺がしたくてやったんだ。乃愛を見殺しになんか出来るわけないだろう」


 「で、でも……」


 「大丈夫。こうして乃愛と再会できたんだから後悔なんて無いさ」


 「……姿や形は変わっても、やっぱりさっくんはさっくんですね。お顔をもっとよく見ていいですか?」


 「うん」


 そう言いながら俺はフードを取った。

 それから少しペタンとなった髪を整えて、乃愛に近づく。


 「赤い髪に綺麗な黄色の瞳。さっくんは生まれ変わっても素敵でカッコいいですね」


 「乃愛も可愛いよ。小さい乃愛を見ているみたいで新鮮だ」


 「そんなこと……いえ、ありがとうございます。さっくん」



 それから俺達はたくさん話した。

 今までのこと、この世界でのお互いのこと、そしてこれからの事を。


 「スゴイです! さっくんは王子様なんですね」


 「うん、まあね」


 「これで白馬に乗っていれば完璧ですね」


 こんな冗談が言えるくらいには落ち着いた。

 すっかりお花見気分である。


 「俺は今でも乃愛の白馬の王子様だぜっ! ってな」


 「フフフッ。……さっくん」


 「ん、どした?」


 「また会えて良かった。大好きです!」


 「うん。俺も、大好きだっ!」


 本当に、本当に会えて良かった。

 あの時抱きしめたのが幸いか。


 「それで、これからどうする?」


 「さっくんは王宮、ですよね?」


 「うん。多分、滅多なことでは城から出られないと思う」


 「そうですか……」


 「残念だけど、ね」


 「じゃあ、約束しましょう!」


 「約束?」


 「はい! 学校でまた会いましょう!」



 学校か。

 そうだな、それが良いかもな。


 この世界では十歳になると王の命令で強制的に学校に通わされることになる。

 その学費は国が負担するので、どんな家庭でも平等な教育を受けられるように配慮されている。


 現国王、つまり父上の時から出来た法律だ。

 今では大人より子供の方が文字が読めて字もかけるほど、識字率が大幅に改善されたのだ。


 「王族は普通、平民と同じ学校には通わないんだけどな。なんとか説得するよ」


 「約束ですよ」


 「ああ、約束だ!」


 再会してまた五年間も会えないのは寂しいが、俺もやる事がたくさん出来たのでちょうど良い。


 そして二人で手をつないで宿に戻り、昼食をご馳走になった後、別れの挨拶をして四区へと向かった。


 去り際に、「また五年後」と言うと、「待ってるね!」と帰ってきたのはまだ耳に新しい。


 今から学校が楽しみだ。

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