第10話 お忍び その三

 日中、俺はエマさんと遊園地で遊んだ。


 そしてその晩、いつものようにエマさんとお互いの体をお湯または水で濡らしたタオルで拭きあって、抱きしめられながら平和に眠る。


 はずだった。



 今、俺の前にはとある女性がいる。

 俺の良く見知った人物だ。


 俺はその人のことが嫌いだとか、そういうわけでは決してない。

 寧ろ、尊敬している部分もある。


 だが、再開はあまり好ましくなかった。

 なぜなら、その人に申し訳ないようなことをしたような気持ちがあるからだ。

 当時三歳だった俺に、王族のいろはを教えてくれた女性。


 ご紹介しよう。

 その女性の名はセシリー・アモール。

 俺がセリー先生と呼んでいた、ご存知俺の元・礼儀作法の家庭教師だった先生だ。



 「あら? まあまあ。どなたかと思えばサニー様ではございませんか!」


 「さ、サニー様?」


 その呼び方セリー先生にされてたっけ?

 たしかサーネイル様だった筈だが。


 「ああ、申し訳ございません。家庭教師をしていた頃は国王様に厳しく接するよう言われておりましたので。これからはどうかサニー様とお呼びさせていただけませんでしょうか?」


 「あー、えーと、はい。分かりました」


 「敬語などおやめください。仮にも貴方様は次期国王様であらせられるのですから」


 何これ。なんかよそよそしい。

 前の怖いものを見るような目じゃない。

 なんか尊敬の眼差しが伺えるのですが。


 「えーと、セリー先生久しぶり。です」


 「今はもう先生などではございません。気軽に接して下さいまし」


 「……分かりました。セリーさんって呼ばせてもらいますね」


 「構いません。寧ろ恐れ多いくらいです。本当に敬語はおやめくださいませ」


 「は……分かった。それでセリーさん今日は……」


 「ご宿泊でございますね。そちらのエミリーさんとご一緒のお部屋ですか?」


 「ああ、はい。ええと、そう……だ」


 「かしこまりました」


 「あと夕食も頼む」


 「ではこの先の食堂へお進み下さいませ」


 「分かった」


 ……なんか、なんかね。

 慣れないよ!

 敬語使いたい!って気分。


 分かってるんだよ、自分が王族だってことくらいは。

 でもね、ここまで態度を変えられると困る。

 よりによってなんでここに来たのだろう。

 これが運命の導き、とでも言うのだろうか。


 そうやって自分の中で葛藤しながら食堂へ進む。

 するとどうだろう。

 自分と同い年くらいの女の子に案内されたではないか。


 「いらっしゃいませー! こちらへどうぞっ!」


 きちんとしている。

 言葉も流暢に話せていて俺と同じくらい・・・・・に思える。

流石は宿屋、いや、セリーさんの娘と言うことか。

 

 それにしても、可愛いな。

 いや決してロリコンだからという訳ではなく。人を惹きつける魅力があるというか。


 幼いながらも整った愛らしい容姿に、良く似合うエプロン。

 衛生面を考慮してかバンダナをしていて、その間からは銀色の髪が。


 あ、変異種だ。お仲間だ。

 この小さな範囲の中に三人も変異種がいる。

 普通、変異種は一万人に一人の確率なのに。

 

 「ご注文は何になさいますか?」


 「あ、えっとオススメで」


 「そちらのお姉さんは?」


 「おねえさ……あ、同じものを」


 「かしこまりました。少々おまちください!」


 エマさん、動揺してる。

 今日のこともあったからな。嬉しいんだろう。


 しばらくすると料理が運ばれてくる。


 「お待たせしました! カボトナのスープと、ミニワイバーンの姿焼きです!」


 例の女の子が慎重に運んで来てくれた。


 カボトナとはカボチャもどきの食べ物で、ミニワイバーンはこの当たりに生息するワイバーンの子どもである。

 ワイバーンは大人になると大きく肉も固くなり、クセが強すぎるので食用には向かない。

 一方、子どもは柔らかく味わいのある肉でとても美味しい。

 大量にとれるので、この国ではメジャーな料理だ。


 味の方は、もちろん美味い。

 カボトナも中までよく火が通っているのでトロトロになっていて甘く、濃いめのスープによく合う。


 ミニバーンもシンプルな味付けながら、外はカリッと中はジューシーに焼きあがっていてとても歯ごたえがある。


 流石、セリーさんは違う。

 俺が認めるだけの事はある。

 それにしてもどこか懐かしい味付けのような……


 そうこうしていると、セリーさんが入って、こちらに近づいてきた。


 「サニー様、どうですか? お味の方は」


 「とっても美味しいです、セリーさん」


 「実はそれ、娘が作ったんです」


 「ええっ!?」


 衝撃である。

 嘘……じゃないよね。

 入り口からきたからな。


 マジかよ、ホントに美味かったんだけど。

 この娘は料理の天才だ。

 正直、セリーさんが作る料理より美味いと思う。


 「美味しいですか?」


 「ああ、めちゃくちゃ美味しいよ」


 「ありがとうございます! えっと、サニー様……?」


 「あ、サーネイルでいいよ。よろしく」


 「あ、うん! よろしくお願いします、サーネイル君!」


 なんだろうか。新鮮だ。

 サーネイル君って呼ばれたのが初めてだからというのもあるが、同じくらいの歳の子に親しくされるのは普通に嬉しい。


 これが友達と言うやつか。

 前世ではあまり感じなかった感覚だ。



 そう、いなかったのだ。友達が。


 仕方ないと言えばそうなのだろう。

 なにせ頭が良いガリ勉で、運動も出来て可愛い彼女持ちなのだ。周りの奴らは嫉妬や冷たい目を向けてくるばかりだった。


 なんか、それだけでは無かったような気もするが……



 そんな俺にとって乃愛は特別だった。


 誰も近づかない俺を見ていてくれた。

 一人ぼっちの俺を、俺なんかを好きだと言ってくれた。

 なんでも楽しそうに話すし、俺の話も真剣に聞いてくれていた。

 毎日俺のために早起きして弁当を作ってくれていた。

 体を壊さないよう、そしてスポーツ選手としてしっかりとした体づくりができるように、栄養面から俺を支えてくれていた。


 周りからなんと言われようと俺への態度は変えなかったし、いつも明るく振舞ってくれていた。


 部活がどんなに遅くなっても門の前でずっと待っていてくれていた。

 試合の日には、特製のスポーツドリンクを作って来て、「頑張ってね」と笑顔で言いながら手渡ししてくれていた。

 極力、試合の応援もしてくれていた。

 試合で勝った翌日の弁当は、少し豪華だった。


 彼女の一つ一つの行動や仕草には優しさが溢れていた。


 俺はそんな彼女が好きだった。

 いや、大好きだった。

 俺の周りには彼女しか居なかったし、学生生活の大半は彼女と過ごした時間の記憶で埋まっていた。


 だから彼女は、乃愛は俺の特別なのだ。

 多分この世界では何があろうと結婚なんて自分からはしようとしないだろう。

 勝手に許嫁を見つけられて政略結婚させられるだろうが、少なくとも愛することは出来ない。


 そんな俺にとって友達なんて夢のまた夢だったのだ。


 だから素直に嬉しい。

 それに何だか他人の様な気がしないのだ。


 「えーと、君の名前は?」


 「ノルンです。ノルン・アモール」


 「そっか。改めてよろしく、ノルンちゃん!」


 「はい! こちらこそです!」


 とても嬉しそうだ。

 良い笑顔。

 彼女も友達は初めてなんだろう。



 ふと気づいたが、エマさん空気だ。

 と思ったけど、セリーさんとなにやら話し込んでいた。


 俺はその後、ノルンちゃんと少し話してから部屋に向かった。



 その夜はいつも以上にエマさんの締めつけるチカラが強かった。

 別に痛いものではなかったけれど。

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