第8話 お忍び その一


 カテキョー軍団が帰ってからというもの、「魔法を勉強する!」と躍起になっていた俺だが、そもそも勉強の仕方が分からず、誰に習えばいいかも分からなかった。


 困った時はエマさんだ!

 安心・安全なエマさんなら何かしら答えてくれるだろう。


 「エマさんっ、エマさんっ、こぉーんにちわ……わっ!?」


 「サニー様! どうなさいました? 何か悪いものでも食べられたのですか!? 食べられたのですね! あ、昼食! 昼食が悪かったのですね! 作った、いや、サニー様に食べさせてしまった私の責任です! 死んでお詫びを!」


 うぉーい!どうしてこうなった。

 前より悪化しとるやないですか、エマさんや。


 「え、エマさん落ち着いて! だいじょぶだから!お昼は美味しかったから!」


 「さ、左様ですか。それでは何故あのようなことを?」


 「あ、いや……ちょっと家庭教師の先生たちの授業がおわって、嬉しかったから気分が高揚したんだよ……」


 「はぁ……サニー様がご無事なら良いのですが。お騒がせして申し訳ございませんでした」


 「え。いや、謝らなくていいよ。心配してくれたからなんだしさ。それよりお願いがあるんだけど」


 「はい、サニー様。なんなりと」


 マジでエマさんいい人だよ。

 じゃなくって。


 「魔法を教えられそうな人って知らない? 知ってたら紹介して欲しいんだけど」


 「魔法ですか。それなら私が教えて差し上げられますよ」


 マジかよ、ヤベーなエマさん。

 ホントにハイスペックなんだけど。


 エマ教とかそのうち出来そう。

 いや、俺が創る!

王になったらすぐにでも!


 いや、それは置いといてだな。


 「エマさんって魔法でき……るよね。どのくらい出来るの?」


 「一応、全属性の超級と一部の災害級を少々」


 はい?

 すごくね?

 普通誰であろうと生まれ持ってきた一か二属性までしか使えないんだけど。


 チートだなチート。

 女神様バンザーイ!


「なんでそんなに? 普通は二属性までじゃ……」


 「それは前にもお話しました通り、私が変異種だからです」


 「変異種、特別なチカラかー」


 「はい、流石サニー様。理解が早いです」


 なんか褒められた。

 嬉し恥ずかしや。


 「そっか、いいなぁー」


 「サニー様にも出来るかも知れませんよ」


 「え、どうやって?」


 「お気づきで無いのですか? サニー様も『変異種』なんですよ」


 おおっと、ここで衝撃事実!


 え、俺が変異種?

 なんで?

 どこが?


 「えっと、どうして俺が?」


 「鏡を見ればお分かりになられると思ってこの前は答えをはぐらかしていたのですが…」


 あ、今評価下がったな。

 でもそうか、そういう意味だったのか。


 「あはは。僕、まだほとんど他の人の顔って見たことないからさ、分かんなかった。どこが違うの?」


 「髪の毛が赤色で目の色が黄色の人なんてそうそういない、というか聞いたこともないのですよ。私はカッコよくて素敵だと思いますが」


 あ、これ!?

 異世界だから、こういう人普通にいると思ってた。

 アニメの嘘つき!


 あと最後エマさんが嬉しいこと言ってくれてる。


 それとやっと分かった。

 エマさんが必要以上に俺を守ろうとしてくれてる理由が。


 きっとエマさんは、俺に自分を重ねたんだ。

 俺がエマさんの話に同情して泣いたように。

 自分が変異種だというせいで不幸な目にあったから、俺にはさせまいと思ってくれていたんだ。


 やっぱりエマさんは優しいなぁ。

 サイコーですよ。


 「でも。だとすると、僕には何のチカラがあるんだろう?」


 「分かりません。が、魔法の適正を調べるのであれば魔水晶を使ってみてはいかがですか?」


 「魔水晶って、魔力総量によって色が変わるやつでしょ?」


 「その通りでございます。そう言えばサニー様のお母様であるローゼ様が持っていらっしゃったはずですよ」


 「母上が? じゃあ早速会いに行こうよ」


 「残念ですがローゼ様は只今外出中でして、帰ってくるのは三日後になります」


 三日後か、なら他のことをしよう。

 前からしようと思ってたアレを。


 「じゃあさエマさん、街に遊びに行こうよ!」


 「街、でございますか」


 そうです、街です、エマさん。

 俺はこの五年間、一回も城から出ていないのですよ。


 「確かにサニー様は今まで街に行ったことがございませんでしたね。ですがそれには国王様の許可なくしては行けません」




 という訳でやってきました、謁見の間。


 父上は玉座の上で、忙しそうに書類に目を通しているようだ。

 自室でやれば、とも思うのだが、この城は来客がとても多く、その手間を省きたいからなんだとか。


 確かに、父上の部屋か書斎までは遠い。

 曲がり角をくねくねしつつ、階段を二つと、長い廊下を幾つも通らなければならないからな。

 往復するだけでも、結構な運動になる。


 「あの、父上!」


 「おお、サーネイルどうかした? ここは遊び半分で入ってきちゃダメだぞ。まぁ、サーネイルにそんな心配は余計か。それでどうしたんだ?」


 「はい。実は父上にお願いがございまして」


 「ふむ、聞こうか。滅多に我儘を言わないサーネイルの頼みだからな」


 「ありがとうございます。それで、お願いなのですが……」


 「うん、言ってみろ」


 「街に遊びに行く許可を下さい!」


 「許可? そんなのいるの?」


 「え、いらないのですか? エマさんが要るって言ってたのに」


 「それは休暇を取るための、侍女の話。別に遊びに行くのは構わないさ」


 緩過ぎるぞ?

 これでいいのか王族よ。


 「ありがとうございます」


 「うん。ただし、誰か護衛を連れて行くこと!」


 「それなら私が」


 「うん。君なら問題ないね。あと、一応お忍びって形だから目立たないようにね」


 「分かりました。行ってまいります」


 「はーい。気をつけてな」


 そんな感じで街に遊びに行くことになりました。



 部屋に戻ってエマさんと計画を立てた。

 母上が戻って来るまで三日あるので、城には戻らず二泊三日のプチ旅行をすることに決めた。


 なにせエルグランド王国はあまりにも領土が広いため、母上のような人が定期的に見回る必要があるのだ。

 領土の端っことかだと、稀に王様が誰なのか分からないどころか、国に属していることすら知らないような村もあるくらいなのだから、母上の役目は結構重要だったりする。


 領土は、大きく五つの区と周辺の村々からなっている。

 一区は貴族域、二区から三区にかけて平民街、四区は市場や出店が並んでおり、五区は冒険者とか旅人用の区だ。

 一区以外には宿や店が所々に構えており、四区は基本的に商人たちの店が並んでいる。


 「エマさん、どこを回ろうかな?」


 「今回は一区と五区以外を回りましょう。欲しい物があるのでしたら、四区を覗けば掘り出し物も見つかるでしょう。ですから、宿は二区か三区で取って観光するのが良いと思います」


 「分かった。じゃあ今日は二区から回ろうよ」


 「承知しました。ではサニー様、街の中ではこのフードを常に被っていて下さいませ」


 「フード? あぁ、変異種だからか」


 「はい。お忍びなので目立たない為にです」


 「カッコよくて良い感じだね、このフード」


 「ありがとうございます。こんなこともあろうかと私が作っておきました」


 いやいや。

 こんなこともあろうかと、って。

 用意周到過ぎるだろエマさん。


 しかもサイズぴったりだし。

 いつ採寸したんだよ。

 いや、触れない方がいいか。


 「そっか、ありがと。じゃあしゅっぱーつ!」


 「はい、サニー様」



 という訳でやってきました二区!


 いやー、凄いですねぇ。

 圧倒的ファンタジー感!


 中世のヨーロッパを彷彿とさせる、石で出来た町並みや夕日に映える噴水。

 行き交い、所々で笑顔で会話をしている金髪や黒髪などをした人々や、時折見かける異種族。


 だが、赤や青の髪の色の人はもちろん、金髪すらほとんどいない。

 猫耳の人はチラホラしてるけど。


 エマさんによると、この近くに変わった料理を扱っている店があるらしいので、ちょっと早めの夕食だ。

 趣のあるその店に入ると、店長らしき中年の女性が手招きで案内してきた。


 「いらっしゃい、何にするんだい?」


 無愛想だなと思ったが、俺はもちろん、エマさんも身長が低いので、子どもの姉弟とでも思ったのだろう。


 エマさんと姉弟。

 なんか嬉しいな。


 「えっと、オススメで」


 「私も同じものを」


 「あいよ」


 店長らしき人は笑顔で答えると、厨房に消えていった。


 しばらくすると料理が運ばれてくる。

 それはどこか懐かしい食べ物だった。


 「これって…麺類?」


 「はい、よくご存知ですね。これはパストといいます」


 パスタならぬパストか。

 一見するとカルボナーラだが、不思議な色をした野菜が一口サイズで混ざっている。


 そもそもこの世界に麺を食べる習慣はほとんど無いらしい。

 それなのにこんな店を知っているエマさんは、この街を相当知り尽くしているのだろう。


 「えっと、民の働きと大地の恵みに感謝を」


 これは王族バージョンの「いただきます」だ。


 そしていよいよパストをいただく。

 慣れた手つきで麺をフォークに絡めとり、一気に口の中に頬張る。


 んまぃなぁ。

 懐かしのカルボナーラだ。

 元の世界とほとんど変わらない味だ。

 このイタリアンな感じが街の景観によく合う。


 お茶も美味しい。

 濃いめのハーブティーだ。

 お茶好きの日本人なら嫌いな人はいないだろう。


 なんか泣けてきた……乃愛っ。


 「サニー様?」


 「うん? あぁ、おいしいねー」


 「はい。たまにはこういうのもいいものですね」


 「二人とも嬉しいこと言ってくれるじゃないか。ちょいと待ってな」


 そう言うと店長(らしき人)は一つの小包を持って来た。


 「明日のオヤツにでも仲良く食べな」


 優しいなぁ。

 この世界に来てから優しい人ばかりに会っている気がする。

 中身が気になるけど明日のお楽しみだ。


 「ありがとう、ごちそうさまっ!」


 「ああ、またおいで」


 傍らでエマさんが支払いをしていた。

 のだが、メニューで値段を見ていたから分かる。

 割引きされている。

 それも半額くらい。


 優しいなぁ。

 優しい世界。


 そんないい気分で店を出ると辺りはもう真っ暗だった。


 既にエマさんが予約していてくれたらしい宿に向かった。

 本当に有能過ぎる。


 しかし、もう少しで宿だと言うところで俺は立ち止まった。


 「どうしました? サニー様?」


 「なんか、付けられてる。かも」


 確証がないのは、暗闇で人影を確認出来ていないからだ。


 「前に三人、後ろに二人……ですね」


 「分かるの?」


 「ええ、サニー様に言われるまで気づきませんでしたが」


 「ど、どうしようか」


 「大丈夫です。サニー様は私がお守り致します」


 無言で頷き、息を潜める。

 此方から見えないのなら向こうも同じだ。


 足音を立てないようにゆっくりと路地の裏に入る。と、見せかけて反対側に走ると同時に明かりを消した。

 足音で相手が路地に向かったことを確認すると、宿まで全力で走った。


 「ふぅ、危なかったね」


 「いざとなれば魔法を使うことも考えましたが、流石はサニー様です」


 「エマさんを信じていたから大胆な行動が出来たんだよ」


 互いに賞賛し合いながら、宿の一室に入った。

 父上は軽いノリで見送ったが、俺ひとりならどうなっていたか分からない。


 まったく何を考えているのか。

 もしくは考えてなかったとか?


 気にしても仕方が無いので、水で濡らしたタオルでお互いの体を拭いてベッドに入った。


 危ないこともあったが、そんな感じで一日目は終了した。

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