第7話 家庭教師軍団 その二

 私の名前はセシリー・アモール


 十年ほど前に王宮に仕えていました。

 当時の現国王様はまだ即位したばかりで、身の回りのお世話をさせて頂いてました。


 その当時から国王様は気さくな方で、私にも「畏まらなくていいのに」とつまらなそうに言っていました。

 今だからこそだいぶ口調も変わりましたが、まだまだジルヴェスターさんのようには行きません。


 その後私は結婚し、王宮を離れて夫と共に宿屋の経営をしていました。


 王宮での生活を懐かしい笑い話と言えるようになったある日、国王様の使者の方が来て、「国王様のご子息の家庭教師をして頂きたい」と言ってきました。


 また王宮で昔のメイド仲間達と語りたいとも思っていたので、夫に話を曖昧にしながらお願いをしました。

 夫は、「国王様の頼みを断るなんてとんでもない!」と、恐れながらも了承してくれました。


 急いで支度をして翌日に王宮へ行ってみると、昔とまったく変わらないジルヴェスターさんと見知らぬ顔の女性がいました。


 その方々とたわいもない話をしていると謁見の間に呼ばれて、久しぶりに国王様と再会しました。


 当時のような緊張もなく、国王様に今回の件について改めて聞かされました。


 最初はご子息の存在すら知り得ませんでした。

 王族の、特に第一子ともなると世間に公表されるのは十歳の誕生日で、それまでは必要以上に公にはされないからです。


 そしてもっと驚いたのが、ご子息のサーネイル様がまだ三歳で、既にエルランド語を流暢に話せると言う事です。

 信じがたいお話で、国王様のいつもの戯言かと思っていましたが、実際に会ってみるとやはり本当のことだと分かりました。


 というより第一声が挨拶ではなく年相応の戯れ言だったので、安堵感と躾し直すためのやる気が湧いてきました。

 しかし、実際に教え始めると、とんでもない方だと言うことが分かりました。


 まず、王族の礼儀作法を一通り教えましたが、全て一回で覚えてしまったのです。


 このままではあっという間に教えることが無くなってしまうと思ったので、料理を半分腹いせに教えようとしました。

 が、これもアッサリと習得なされました。


 魚を捌いてみなさいというと綺麗に三枚下ろしにしてしまったし、みじん切りや、ささがきなどあらゆる包丁さばきをまるで既に知っていたかのようにいとも簡単になさってしまいました。

 その事について問うと、「あー、えっと、本?で読んだの」とおっしゃいましたが、王宮の本棚に料理本なんか少なくとも私が知る限りありませんでした。


 国王様はサーネイル様のことを天才だと言いますが、私も同意見です。


 使わないとは思いますが、暇だという理由で庶民の挨拶や裁縫、掃除などをお教えした際には、見本を見せるまでもなくこなしてしまったのです。


 その頃には最早私の存在意義すら謎に感じてきました。


 そして家庭教師(のような何か)を始めてから三ヶ月たった頃、料理もお一人でフルコースを作れるようになられていたので、合格というか、免許皆伝を渡さざるを得ませんでした。


 礼儀作法だけで半年はかかると踏んでいたのに、料理やその他もろもろを含めてこの期間でしかもたった三歳で習得されたのはもはや伝説です。


 去り際に国王様に、成人なさったら一つの歴史として正式に書物に残すように言って、宿屋に帰りました。


 いつかまた、成人なさった時にでもお会いして娘と料理の腕を競わせたいと、心からそう思いました。


 そして素直に尊敬に値する人物だと、そう思ってしまいました。


 これからは尊敬とこれからのご健勝をお祈りする意味を込めて、世話係のエミリーさんや他の皆様と同じく「サニー様」とお呼びしたいと思います。


 もちろんこのことは内緒です。

 夫にすら適当にはぐらかして王宮に向かったくらいです。

 私は秘密を守る主義ですから。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー




 なんか俺が本気をだしていたら、セリー先生との授業が終わってしまった。

 あまりにもあっさりし過ぎていて拍子抜けしてしまった。


 でもセリー先生はたぶんすごい人なんだと思う。


 始めてセリー先生のスープを飲んだ時、あまりの美味さと衝撃で目を疑った。

 頬もつねった。

 痛かった。


 何に驚いたかと言うと、前の世界の三ツ星シェフでも作れないような味を、簡素な具とほんの少しの調味料で作ってしまったからだ。


 よく分からない根菜と玉ねぎもどきだけで何であんなに濃厚な味を出せるのか。

 そのワザを盗んで再現するのに三ヶ月もかかってしまった。


 重要なのは黄金の比率と、煮込むときのシビアな火力とタイミングだった。


 だから先生はただモンじゃない。


 去り際には心の底から「ありがとうございましたっ!!」と言ったのを覚えている。



あ、あと……ミィ先生の授業もいつの間にか終わっていた。

 が、コッチはそんなに思うところは無かった。


 強いて言うなら、歴史オタクの美少女にちょっとわかりやすく歴史と文化についての授業をしてもらった、ってとこだ。

 俺の高校の教師とどっこいどっこいだな。


 なんか終始緊張していて落ち着きが足りなかったみたいだし、あんまし仲良くなれなかった。



 残すところは剣術だけだった。


 四歳になる頃には一日中授業をするようになっていた。

 しかも不思議なことにさほど疲れなくなっていた。


 そして五歳になる頃にはついに、剣術も中級の合格を貰えたのだ。


 俺は中級をとった訳だが、普通は十歳よりも後に取るものであり、道場とかに通いつめて得るものなのだ。


 五歳で中級言うことは本来の半分の年齢で取得したことになる。

 運動能力が乏しいと思っていたが、俺の身体も元の世界に比べれば十分に化け物だよ。


 それに、教えてくれた人が良かったのだろう。

 実際、ジル先生はめちゃくちゃ強かった。


 模擬戦では一本とるどころか姿が捉えるので精一杯だった。

 人の残像とか初めて見た。

 みねうちされたらしいがあまりの痛さに気絶してしまったので覚えていない。


 まったくーもぉーっ!

 ごさいじあいてにおとなげないよぉー。

 とか言いたかったが、それは叶わなかった。


 そして上級もこの調子で!

 と思っていたのだが、ジル先生曰く、上級は騎士団と同等のレベルであり、またモンスターを倒す必要があるらしいので、いくら何でも王族がそこまでする必要はない、と言われた。

 毎日自分で練習を続けることが大事だと言い残して授業は終わった。


 そして先生は初日ぶりに初めて国民としての敬礼をお別れの挨拶としてしてきた。

 だから俺もセリー先生に教わった王族の挨拶で返して見送った。


 だから今日で事実上、家庭教師集団の授業は終わりと言うことだ。


 喜んだのもつかの間、剣術のジル先生は気になる単語を残していった。



 モンスター


 別名:魔物と呼ばれるそれは、魔界から突如この世界に現れ、古くから人間に危害を加えてきた邪悪な生き物だ。


 魔界には魔王がおり、その魔王を倒さない限り魔物は居なくならないという。


 しかしこの国の騎士団は優秀で、領土内に現れた魔物を片っ端から倒して国の安全を守ってくれていた。


 だから俺は勿論、この国に住んでいる人々は魔物を見たことがないのがほとんどなのだ。


 まあ所詮その程度の脅威ってことだ。

 気にする必要はないかな、と思う。


 そんなことよりも、だ。


 ようやく、ようやく魔法の勉強が出来る!

 二年だ。俺は二年も待ったんだぞ!


 これからは思う存分やってやろうじゃないか!

 と、ベッドの上でエマさんに抱き抱えられながらニヤニヤとそんなことを考えていた。




ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー




 俺はジルヴェスターだ。

 まぁ、剣の道に詳しいもんだ。


 あと国王とローゼ様以外には言ってないが、一応獣族だ。

 一応ってのは俺が変異種だからだ。

 まぁ、今は関係ねぇから置いておくぜ。


 で、国王とは昔からの馴染みみたいなやつでな、今は国王の頼みでガキに剣術を教えている。


 最初はちょっと腹たってたんだ。


 なんせ俺の相手はまだ三歳のガキだからな。いくら国王とローゼ様との子どもだからって舐めてるんじゃないかと思ったもんだ。


 だが、アイツは違った。


 実際に教えると分かったが、マジで化けモンだ。


 なんせ三歳ってのはようやく走り回れるようになる年頃だろ?

 だが奴は自分とほとんどおなじデカさの鉄の剣を簡単に振り回しやがる。


 アイツは自分に才能があるとは思って無いだろうがそれは違う。

 俺の弟子にもあんなのはいなかった。


 しかもアイツは「獣族用」の練習についてきた。

 元々獣族ってのは人族の何倍もチカラがあるんだ。

 だから初級でも人族の中級くらいの練習になるんだ。


 その上でアイツは中級をたった二年、しかも五歳でとっちまいやがった。

 もちろん獣族での、だ。

 中級の称号をやったのは俺だが、下手な奴なら上級をやってるだろう。


 人族の中級は木を切り倒せるらしいが、今のアイツなら小さめの岩くらいなら切れるんじゃないか?


 まぁ、そんくらいの化けモンってことだ。


 本来なら俺が連れ帰って「剣聖」に成れるまで育てたいとこだが、アイツは良くも悪くも国の第一王子だ。


 連れ出すことはあってはならねぇ。

 惜しいが、絶対に出来ないんだ。


 だからアイツには上級の稽古はつけてやらなかった。適当な理由を言ってな。

 もしアイツが自分の実力に気づいたら間違いなく剣の道を進んだだろう。


 たぶん、いや、絶対にアイツの損失は剣術の世界の大きな歴史的損失だろう。


 加えて料理も上手いと来やがる。

 セシリーだかに教えられたんだろうが、アイツの味にそっくりだった。


 俺はこの言葉はキライだが、素直に言えるぜ。

 アイツは間違いなく「天才だ」と。


 アイツなら「剣聖」の俺を超えられただろう。


 最後の模擬戦だって、アイツは俺の本気の動きを「目で追えた」んだ。


 峰打ちで負けたと思い込んでいるが、木刀じゃなかったら殺してるレベルで攻撃した。

 せざるを得なかった。


 帰るときに国王にも言ってやったぜ、「お前は化けモンの親だ、自覚もてよ」と。


 国王は国王なりに考えているんだろう。


 時期国王という鎖鎌が、アイツの才能を片っ端から縛って殺しまくってるってよ。


 もしアイツに国王の才能もあって、現国王よりもスゲエ奴になってたら、俺はアイツに忠誠を誓って、右腕になってやろうと割と本気で思ってる。


 まぁ、今はそれを楽しみにして生きていくさ。

 どのみち獣族の寿命は長いんだ。


 頑張れよ「サニー様」ってな。

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