第6話 家庭教師軍団 その一

 話は少し前に遡る。


 サーネイルがようやく(?)自由に動き回れるようになった頃、エルグランド王は定期的に行っている、サーネイルの世話係のメイドからの報告を受けていた。


 「国王様、サニー様についてのご報告にまいりました」


 片膝をついて要件を話すサーネイルの世話係であるエミリー。


 「ああ、ご苦労さま。なおっていいよ。それで、最近のサーネイルはどうかな?」


 国王とは思えぬほど気さくな話し方で誰とでも分け隔てなく接している王は、毎回の息子に関する報告を楽しみにしていた。


 「はい。サニー様は順調、いえ、それ以上に立派にご成長されております。もう既にエルランド語を流暢にお話されているのですよ」


 「え、早くない? サーネイルってまだ三歳くらいじゃないの? 流石に流暢には……」


 「いいえ国王様。サニー様は最近、城の蔵書に齧りついております。物理的にではなく、読書のための対象物として。それから、他のメイドの者達によって会話の練習もなされていました。私もサニー様とお話できるようになってからというもの、毎日が楽しくて仕方ありません」


 「そうか。それにしても、あんなに人間不信だった君がねぇ……」


 「国王様、それはもう八年も前の話ではございませんか。今の私とは違います。お忘れくださいませ」


 「そっか……そうだよな。分かった。それにしても、我が息子ながらサーネイルは天才なんじゃないかと思っているのだが……親バカというものだろうか?」


 明らかに親バカだ。

 だが、もう一人のバカが否定する。


 「いいえ。サニー様の事に関しましては否定いたしません。そして、その事について私から一つ進言致したいことがございます」


 「進言か。ふむ、聞こうじゃないか。俺はそのために、この王という仕事を続けているようなものだからな」


 国王は玉座に座り直して仕事時と同じ、聞きの体制に入る。

 人伝に聞くよりも、こうして実際に会い、その目で確かめることが、ことの真相を見極める上でとても重要だと考えているからである。


 その割には息子に全くと言っていいほど顔を見せないのだが、それはまた別の話である。


 「ありがとうございます。早速本題に入らせて頂きますが、サニー様に家庭教師をつけてはいかがでしょうか?」


 「家庭教師? 早く……は無いか。話を聞く限りでは。それで、何の家庭教師を付ければ良いと考えている?」


 「はい。王家として恥ずかしくない礼儀作法とこの国の歴史について、それから剣術を、と考えております」


 「なるほど、剣術もか。普通よりもだいぶ早いが、サーネイルなら大丈夫なのかもしれんな。よし、分かった。すぐに手配しよう」


 そう言って手を叩くと、近くで話を聞いていた執事が一礼して謁見の間から出ていった。

 事の主旨を、それぞれの担当者の元へ伝えるためである。


 「いつも聞いてくださり、ありがとうございます」


 「よい。これからもサーネイルのことを、俺とローゼの分も頼んだぞ」


 「勿論です、お任せ下さい。サニー様は命に変えてもお守り致します」


 「いや、大袈裟な」


 「いいえ。私からサニー様のお世話を申し出て、今があるのです。ですから当然のことでございます」


 「ハハハ、頼りにしているよ」


 「はい。それでは」




――――――――――――――――――――




 エミリーが王に家庭教師を頼んでから二日後。

 三人の家庭教師が集められた。


 「国王さんに頼まれたから急いで来たが、教える相手はまだ三歳だとよ」


 「いくらご子息様とはいえ、早すぎますわねぇ。それだけお生まれになったのが嬉しいのでしょうけど」


 「あ、あのぉ。わ、私なんかがここにいていいんでしょぇ゛、いだっ」


 「噛むなよ、落ち着けよ。いんだよ、俺たちには気ぃ使うなよ」


 「そうですよ。国王様に呼ばれたんでしょう。あのお方はみんな平等に接してくださいますからね。気にしないで楽になさいな」


「は、はい。ありがとうございますです」


 集められた三人はいづれも国王と面識があり、昔国王に助けられた恩のある者達や、その親戚である。


 しばらくすると一人の執事が現れ、国王の謁見の間に案内された。


 「やあ、みんな来てくれてありがとう。それにしても来るの早くない?」


 いつものように軽い口調で歓迎する国王。

それに片手を上げて応じる者、丁寧に腰を曲げて礼をする者、慌てふためいて混乱している者と、返答の仕方は様々であった。


 「早いってのはコッチのセリフだぜ国王さんよ。まだ三歳ってのはどういうことだ」


 「ハハハ、まあ見れば分かるよ。ジルヴェスター」


 ジルヴェスターという名の男は、剣術を教える為に国王に呼ばれた国王の旧友である。


 「国王様、お久しぶりでございます」


 「やあセシリー。元気かい?」


 「はい、お陰様で」


 セシリーと呼ばれた女性は、かつて王宮に仕えており、現在は街で宿屋を営んでいて今回礼儀作法を教える為に呼ばれた、国王の古くからの知人である。


 「あ、あのっ! えぇっと、その、国王陛下! おはようございまちゅでぢゅっ! いだっ!」


 「あ、あぁ。大丈夫? あと今、昼だよ」


 「あ、あぁぁごめんなさい! どうか、どうか命だけはお助けを!!」


 「分かったから落ち着けよ。ってか、俺をなんだと思ってんの?」


 この慌てふためくドジな女性は、国王の知り合いではなく、招集をかけた執事の親戚の娘でミィルという。

 街の王立研究所で歴史研究家として働いていたのだが、その働きぶりから、今回はそこの所長の推薦で選ばれてここにやってきた。

 今は落ち着きがないが、そもそも平民にとって国王とは雲の上の存在であり、見る機会など謁見の間に意見を述べる為にやってくる以外はほとんど無く、見れたらラッキーという感覚なのである。彼女だけでなく、大抵のものはこんな反応になる。

 いや、それでも彼女は重症だ。


 「今回みんなに集まってもらったのは、他でもない。俺の息子のサーネイルの家庭教師をしてもらう為だ」


 「それは分かってんだけどよ。まだ三歳ってのはちょいと小さすぎねぇか?」


 「礼儀作法の他に言葉も教えるとなると、かなり時間がかかりませんか?店を空けすぎるのはあまりありがたく無いのですが」


 「えぇと。わ、私は、その……時間はたくさんありますので、そのぉ」


 サーネイルの幼さに対し様々な意見を述べる三人。

 それに対し国王は笑顔で答える。


「大丈夫。サーネイルは既にエルランド語を流暢に話せるし、自由に動き回れるから」


 その言葉に多少の動揺を見せる三人。

 しかし納得したのか、表情が少し柔らかくなった。若干一名を除く。


 「へぇ、そいつは大したもんだ。それくらいでないとすぐにでもへばっちまいそうだからな」


 「それなら安心ですね。そのくらい物覚えが良いと短時間で教えられそうです」


 「あ、えぇと。が、がむばりますぅ!」


 「ああよろしく。あと、王族だからってあまり気を遣わなくていいからね」


 そうして家庭教師達の授業は始まった。




ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー




 「めんどくせぇ!」


 それが俺の家庭教師軍団に対する第一声だった。

 王家に対する敬礼のようなものをしていた家庭教師の人達にものすごいタメ口をきいてしまった。


 「あ゛あ? 国王に頼まれた以上、そんな言葉吐けねぇくれぇに鍛えてやっから覚悟しやがれ」


 「話せるだけありがたいですが、言葉遣いはなっていませんわね。これは徹底的になおす必要がありますわ」


 「ふぁい。あの、えと、覚えることはたくさんありますので、どんどん行きますから。ええと、そのつもりで……よ、よろしくお願いしますです」


 あぁ墓穴掘った。

 やってしまった。

 これ面倒くさいヤツやん。

 

 つい本音が。

 どうしよう、助けてエマさん!


 しかしサーネイルは、これがエミリーの頼んだ為に起きた出来事だと知る由もなかった。





 その日から、俺の生活はガラリと変わった。


 朝は日の出からジルヴェスターさん。もとい、ジル先生の剣術の授業が始まる。

 合間にエマさんが作ってくれたサンドイッチを朝食代わりに口にしながら、昼まで剣術は続いた。


 その後、昼食をセシリーさん。もとい、セリー先生と何故か料理を習いながら作ってマナーを厳しく見られながら食べた。


 片付けたら午後からはミィルさん。もとい、ミィ先生との歴史と文化の授業だった。

 ミィ先生は歴史の事になると豹変し、熱くしかしわかりやすく丁寧に語りつづけた。


 夕食もまたセリー先生と一緒に(何故か)作り、昼間よりも厳しく食べるのが難しいものを中心に食べた。もちろん、先生方やエマさんも一緒だ。


 それぞれの授業には達成すべき目標があるらしい。それが終わるまでずっとこの授業は続くという。


 剣術はジル先生曰く、「てめぇは中級を取れるようになるまで何年でも鍛えてやっから覚悟しろや」らしい。


ここで魔法と剣術の階級について説明しておこう。


 魔法には初級、中級、上級、超級、災害級、伝説級の六段階と、火、水、風、土、幻の五つの属性が存在する。

 剣術は初級、中級、上級、名人級、達人級、剣聖の順に階級があり、剣なら名人級、魔法は超級以上は才能のあるほんの一握りの者にしかなれないのだ。


 それに中級といえば、普通の木くらいならば簡単に切り倒せるレベルだ。

 正直、この世界の人はヤベェなと思う。


 そして俺に出来るとは思え無かったが、出来るまで続くという地獄のような悪魔の囁きを聞いて震え上がった。

 なぜなら、朝から呼吸もまともに出来なくなるくらい厳しくされたからだ。


 だが、無理だと思ったのは剣術だけだ。

 というか他のは簡単だった。


 まず礼儀作法だが、お辞儀国家の日本人に、たかが王家の礼儀や作法など簡単なことだった。

 いや、それは言い過ぎでもあるが、なんにせよ簡単だった。


 何故か料理も教えられたが、乃愛とデートと称して一緒に手料理を作っていたし、家庭科の成績も満点なのだから余裕だろう。

 それらをマスターすることが目標だったが、俺にとってはヌルゲーと化していた。


 続いて歴史と文化だが、俺を誰だと思っている。

 伊達に有名私立の主席やってた訳じゃないんだよ。

 日本史と世界史をマスターしたのに、たかが一国家の薄っぺらい歴史なんぞ、朝飯前だ。


 だから、それらを覚えるまでという目標も難なく達成できると思った。





そして、そうこうしている内に三ヶ月がたった。

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