第5話 エマさん
「うーむ……」
最近ふと思ったのだが、俺の世話係であるエマさんってさ、なんか俺に固執し過ぎじゃないかな?
生まれた時からずっとお世話をしてもらっていたからこそ言えることだが、最近はどうも様子がおかしいように見える。
なにかあったのだろうか。
昔はただただ気の利く優しい仕事熱心な人だなと思っていたのだが、俺がエルランド語で話しかけた時からどこか落ち着きが無いように思う。
この世界のことは本でしか知り得ていないので、俺がなにか気に障るようなことを言ってしまったのだろうか。
うーん、気になる。
よし、実際に聞いてみよう。
そう思ってエマさんを探そうとしていると、見計らったかのように部屋に入ってきてビビった。が、落ち着いて話しかける。
「ねえねえエマさん!」
子どもっぽく話すのはやっぱり慣れんな。
まぁ、本能からか勝手に子どもっぽくなるのだが。
「これはサニー様、どうかなさいましたか? 何かお困りでしたら、何なりとお申し付けくださいませ。サニー様の為でしたら、私がたとえ命に変えても解決させて頂きます」
これだよ。
やっぱりおかしい。
何故俺のひとことで命を賭けようとするんだろう?
前はここまででは無かったはず。
無いよね?
無いと信じよう。
気を取り直して話を続ける。
「あのね、エマさん」
「はい。いかがなさいましたか?」
「何で僕にそんな優しくしてくれるの?」
「 ? それはサニー様だからです」
うーむ。
なるほど、分からん。
「え、えっと……。どういう事?」
「私はサニー様のお世話をさせて頂いている身です。お仕えしている方を敬い、お守りするのは当然のことです」
「それはとうさ……父上に頼まれたからなんでしょ?」
「ああ、サニー様にはお話していませんでしたね。サニー様のお世話は私にさせて頂きたいと、自分で陛下にお願いしたのです」
んー、余計に分からない。
とう……父上に頼まれたのならまだ分かる。
この人は真面目だし、国王である父を尊敬しているのであろう、と。
だが自分で頼んだとなると……しかも、俺が生まれた時からずっといたのだ。
恐らく生まれた瞬間すぐに頼んだのであろう。
何故だか、全く分からん。
でも、俺が尊敬。いや、溺愛されていることは確かであろう。
特に最近は必要以上に頭をなでたり、抱きしめたり、挙げ句には添い寝までし始めたからな。
明らかに仕事としての領域を超えているだろう。
理由は分からないけど。
と俺がなやんでいると、エマさんが言葉を続けてきた。
「そうですね。サニー様にはもうお話しても十分に理解して頂けるでしょうから、この機に何故私がサニー様にお仕えしたいと思ったのかをお聞かせ致しましょう」
そして、俺は生まれてから今に至るまでの、エマさん独自の視点での美化されまくった話を聞いた。
正直、めちゃくちゃ恥ずかしかった。
なんだよ救われた様な気持ちになった産声って!
俺はただ「乃愛!」って叫んだ(つもりだった)だけなのに。
あと、「日に日に年齢以上に成長なさるサニー様を見続けさせて頂いていて、このお方は私が守らねばと本気で心からそう思ったのです」とか言っていた。
ここまでくると、有難さよりも申し訳なさの方が大きくなる。
でもここまでするも大体は分かった。
が、なんかそれだけでは理由としては少し弱い気がする。
他にも理由があるのだろうが、今はここまでにしておこうと思う。
だからこのことは訂正はしないで置こう。
赤ん坊の記憶があるとか言ってもなんだしな。
なんだかんだで信じそうなのだけれど。
あと、素直に嬉しかった。
こんなに大事にされたのは、この世界で初めてだったから。
知り合いもいないし、この世界の両親もまともに相手をしてくれない状況で、俺のことをを見てくれていた。
仮にこの人の助けが無ければ出来なかったことも、知り得なかったことも多かっただろう。
本当に有難いよね。
そして確信した。
この人は本気で心を許せる、信頼できる人物であると。
そしてこの人は理由はともかく、自分の人生を俺の為に使ってくれるのだと。
それを邪険にするのは、やっぱり間違っていると思う。
それから俺は、エマさんと一緒に過ごす時間を増やすようになった。
家庭教師の授業を時々......というか、ほとんどずっと一緒に受けてくれた。
エマさんは見識が広く、色々なことを教えてくれたり、補足説明もしてくれていた。
また、エマさんも俺と話しているだけでとても楽しそうだった。
あまり長い間話すと先生に怒られたが。
それはともかく彼女の笑顔はやはり綺麗で素敵だ。
そして美人だ。
その動きやすいショートカットの黒い髪に赤くて優しそうな瞳、綺麗な肌に小さめな鼻、そして尖った耳が彼女の笑顔とよくマッチしていて……ん?
「尖った」耳?
アレ? なんか違うな。
少なくとも俺の知っている人の特徴とは。
この世界の人がみんなこうだという訳でもあるまい。
実際、両親も他のメイドや執事も俺と同じような形だし。
俺も鏡で何度も自分の顔を見てきたが、前世と大きく変わるような形では無かった。
耳の形は、な。
俺のこの世界での外見は前世とは似ても似つかないのだ。
赤い髪に黄色の瞳になっており、年が幼いからまだ子どもっぽいがこっちの両親にも似ておらず、耳だけが前世でいう普通だった。
もはや別人だろう。
イケメンかどうかはこの世界の価値観がわからないのでコメントできない。
だが、とうさ……父上は嫉妬したくなるようなイケメンだったと俺の価値観ではそう見えている。
母上もモデルみたいな美人だった。
いや、俺の話は置いといて。
エマさんはそんな感じでちょっと違うのだ。
ということで早速質問だ。
最近、俺はエマさんに対して遠慮が無くなってきていると自分でも思う。
「ねぇ、エマさん」
「サニー様、いかが致しましたか?」
「エマさんて、何で耳が尖ってるの?」
直球だ。安定のストレートだ。
変化球はあまり得意ではないのだ。
「それは私がエルフだからです」
エルフ?
あぁ、長耳族か。
俺の知っている、というか本で読んだ話だと長耳族は耳が長くて尖っているのはもちろんだが、銀髪で水色の瞳を持っていて比較的身長が低く、あと貧乳……だったはずだ。
元の世界の認識とは、多少相違点があるな。
この世界には他にもいろんな種族がいるが、とにかくエルフは「白くて小さい」というのが特徴だ。
小さいのは身長な。
うん、身長だぞ。
耳(と身長)以外違いすぎるのだが。
と、失礼なことを考えていると、いつもどうり見透かしたようにエマさんが俺の疑問に答えた。
「本に書かれてあることは事実です。ただ私が特別なだけで」
「ハーフ、とか?」
「いえ、純血です。しかし、故郷の人は口を揃えてこう言いました。『お前は呪われている悪魔の子だ!』と」
悪魔!?
エマさんが?
ふざけんなよ!
俺はこんなに優しくて、こんなによくしてくれる人なんて、この世界も元の世界も含めてアイツ……以外に知らんぞ!
「エマさんが悪魔な訳ないよ。エマさん優しい人だもん!」
「ありがとうございますサニー様。しかしエルフの一族にとって白は神聖、黒は悪魔や悪い物の象徴を表す色なのです。村の人たちを責めることはできません」
「でも、それでエマさんは辛い思いをしたんじゃ……」
「いいんです。悪いのは変異種である私なのですから。親にも見捨てられたときには絶望しましたが、今もこうして生きています。サニー様のお世話をさせて頂いてますから。私にとって今が一番幸せな時間なのです」
変異種とは突然変異で生まれてきた者達の総称だ。
特別なチカラを持って生まれる代わりに、種族の特徴の一部、又は全部が失われるということが本に書いてあった。
「私には耳と身長以外、エルフの特徴は残されていません。代わりに特別なチカラを持っていたので、故郷の村から追放されても何とか生き延びることが出来たのです」
「特別なチカラって?」
「今はヒミツです。どのみちサニー様ならすぐにお分かりになることでしょうから」
特別なチカラ、か。そんなもののために親に見捨てられ故郷を追い出されるなんて。
遠慮なく聞いたらとんでもなく暗い話が帰ってきたし、エマさんには辛いことを思い出させちゃったな。
「ごめんなさい、エマさん……」
「おやめください。サニー様に謝られるなんて恐れ多いですわ。王族の方がそんな簡単に頭を下げるなど……」
「でも、エマさんに辛いことを思い出させちゃったから……」
「私は大丈夫ですよ。先程申し上げましたとおり、サニー様にお仕えできて私はとても幸せなのです。だからどうか泣かないで下さいませ」
気づくと俺は泣いていた。
夜泣きもしていなかったというのに泣いていた。
何故、泣いているのだろう?
エマさんの話を聞いて同情したのだろうか。
確かにそれもあるだろう。
あるだろうが、少し違うな。
俺はたぶん、エマさんに自分を重ねたのだ。
大事な人を失って絶望した俺を。
元に戻すことが出来ないと嘆く自分の心境を。
それはきっと、エマさんも同じなのだろう。
それにしても、チカラというものはあり過ぎても無さ過ぎても不幸になるものなのだろうか。
いや、違うな。
エマさんはチカラがあるからこそ、自分で生きる道を切り開くことが出来たのだ。
いずれ分かるという特別なチカラを俺も手に入れることが出来るのだろうか?
それがあれば今度こそ、誰かを守ることが出来るのだろうか?
その日の夜。
いつものように、ひとつのベッドでエマさんに抱きしめられながら寝た。
身長に見合わない大きな胸は、小さな俺の身体を優しく包み込んだ。
その胸はいつもよりも温かくて優しくて、ぐっすりと眠ることができた。
俺の第二、いや、第三の母のようにも思える、そんな温もりがあった。
当然、興奮もしなかった。
お互いに恋愛感情が無いからこそ、安らぎを感じられるのだろう。と、そう思いつつ、静かに眠りについた。
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