第4話 溺愛とサニー様
私はエルグランド王国に仕える侍女。
いや、メイドと言うのか?
別にどちらでも良いが。
名は……そうだな、エミリーとでも名乗っておこう。
現在、私はとある重要な仕事を国王様より承ったところだ。
王妃様。
つまりローゼ様がもうすぐお子様をお産みになられる時期なので、その出産の手伝い、所謂、産婆の役目を任された。
国王様と王妃様がご結婚なされてから、早十年。
未だに跡取りとなるご子息ができず、王宮内では問題になっていたのだが、今回、ようやくその悲願が叶うと言うわけだ。
長年不妊が続いたというのに、国王様は妾を一人たりとも取ろうとしなかった。
このことからも、御二方が仲睦まじい夫婦だと言うことはよく理解できると思う。
私に出産の経験は無いが、産婆として幾度となく出産の場を経験してきて、熟練になったという自負はある。
今回は王妃様ということで緊張もしているが、貴重な体験ができる素晴らしい機会でもあるので、自信と誇りを持って精一杯頑張ろうと思う。
王妃様と世間話をしたり、出産に関する助言などをさせていただいたりと、少しでも出産の緊張を和らげるために会話をしていた。
まぁ、私と王妃様はただの主従関係ではないからな。
しばらくすると王妃様が破水した。
いよいよこれからだ。
周りのメイドたちにも声をかけ、国王様にも知らせに行って貰った。
万全の準備体制に入り、国王様も珍しく慌てて部屋に入って来られた所で王妃様が悲鳴を挙げられた。
陣痛だ。
国王様に王妃様の手を握って頂き王妃様を励まされたお陰か、出産は順調に進んでいく。
私は回復魔法によって痛みを和らげつつ、過度の出血を抑えていた。
そしてついに、お二人のご子息がお生まれになった。
元気そうな男の子であった。
しかしここで問題がおきる。
生まれるまでは順調そのものだったし、王妃様も疲れはお見えになるもののご無事だ。
だが、肝心のご子息様の様子がおかしい。
普通、赤子は生まれるとすぐに泣く。
自分が生まれたことを知ら占めるためか、大声で元気にとにかく「泣く」のだ。
しかしご子息様は全く泣かなかった。
死産の可能性もあると思い調べたが、心臓は脈打ち、呼吸も正常だ。
ただ「泣かない」のだ。
天井の一点を見つめるだけで、なんの反応も示さなかった。
こんなことは初めてだった。
今までの産婆としての経験だけをみても、皆元気よく泣いていたし、こんな話は聞いたことがない。
何かお身体に異常があるとしか考えられなかった。
あるいは……ないとは思うがもしかして……
いや、よそう。
よりによって国王様と王妃様のご子息様にそんな事があろうはずがない。
周りのメイドを含む国王様や王妃様までもが異常を感じ取り、部屋全体に不安が広がった。私自身、混乱してどうして良いかわかりかねていた。
そんな時だった。
「あー、うーぁー」
突然、腕の中から声が聞こえた。
ご子息様が発されたお声だ。
その一声にその部屋にいた全員が救われた様な気持ちになった。
それまでの不安は何処にいったのか?と、言いたくなるようなそんなお声だった。
聞いた瞬間、何か言い表せないもどかしい、しかし安らぐような、そんな気分にさせられるそんな素敵なお声だった。
そして慌てて産後のお世話をしようとしていると、ご子息様がようやくお泣きになった。
それはそれは元気な大声で。
それからはもう心配無かった。
泣き疲れて眠ってしまったご子息様をみて、全員が顔を綻ばせた。
なんと可愛らしい寝顔であろうか。
これまで取り上げてきたどんな赤子よりも可愛らしくみえた。
それは決して国王様や王妃様のご子息様だからという訳では無い。
純粋に心の底からそう思ったのだ。
と同時に、国王様と王妃様にお願いを申し上げていた。
国王様も王妃様も国民の声に耳を傾けて下さる、お優しくて素晴らしい方々だ。
だからという訳では無いが、自然に身体が動いたのだ。
願いはただ一つ。
「ご子息様を、私にお世話させては頂けませんでしょうか?」と。
国王様と王妃様はやはりお優しくて、今回の働きとこれまでの実績をご考慮頂いて、正式に世話係として任命して頂けたのだ。
私は心の底から叫びたくなるほど嬉しかった。
きっと人生で一番嬉しかった出来事の一つであろう。
その後、ご子息様には「サーネイル」という素敵なお名前が御二方によって付けられた。
私は敬愛の意味とその太陽のようなお姿を照らし合わせて、「サニー様」とお呼びすることにした。
その日から私はサニー様の専属メイドとなったのだ。
やはり私の見立て通り、サニー様はとても可愛らしく、そして良い子であった。
滅多なことでは泣かず、私がお見せする全ての物事に食い入るように目を見張っていらっしゃった。
まるでありとあらゆることをその小さなお身体に吸収し、理解しようとなさっているかのように。
いや、実際に理解なさろうとしていたのであろう。
サニー様からはとても赤子とは思えぬような風格が備わっていらっしゃるように感じる。
流石は王族のご子息様ということであろうか。
その後、私はサニー様をいろいろな所へお連れしたり、まだ早いであろうが絵本の読み聞かせもして差し上げた。
不思議と絵本の内容を理解なさっているかのような気もしたが、サニー様なら有り得るかもしれないと、根拠はないが、しかし確かな信頼をよせてお世話をし続けさせて頂いた。
だが、そんな私にも嫌な時間帯というものがある。
それはおしめを交換する時ではなく、「夜泣き」は、なさらないが、深夜にお世話をさせて頂く時でもなく、食事の時である。
食事と言っても母乳である。
王妃様が授乳なさっているときは何でもないのだ。
問題は乳母の者がサニー様にお乳を与えるときだ。
まぁ、要は嫉妬しているのだ。
一時とはいえサニー様を独占され、それを眺めておくことしか出来ないこの時間が耐えられないのだ。
どれだけ自分にも母乳が出ればいいと思ったことか。
胸はただ大きいだけで、もちろん母乳が出せる訳がない。
だからこそ、サニー様の授乳が終わるとすぐに産婆から半ば奪い取っていた。
勿論、奪い取るとはいえサニー様のご負担にならないよう細心の注意を払った上でそぉっと奪い取っていたのだ。
その他の時間はほとんど全て私が独占していた訳だが。
そんなサニー様も少し成長なされて、首が座り、地面を這いながら移動ができるようになられた頃、サニー様はお一人で本を読み始めたのだ。
それも絵本ではなく、歴史書や様々な人物の論文など、とても一歳児とは思えぬような内容の本を読まれていたのだ。
最初はただ眺めているだけだと思った。
しかしよく観察していると、なにやら小声でブツブツと独り言を話されているようだった。
さすがに意味のある言葉とは思えなかったし、実際にこの辺り一帯で話されている「エルランド語」では無かった。
時折知っているが、エルランド語では無い単語が聞こえるような気がするが気のせいだと思う。
しかし私にはサニー様の話されている言葉がなにやら意味のあるものとして聞こえていたのだ。
たまに途中で眠ってしまうこともあり、サニー様が読書(?)をなさっている間触れ合うことが出来ない分、触れてせて頂くことが出来て嬉しいので、喜んで大事に胸に抱えさせて頂きながらベッドまでお運びしている。
日ごとに成長なさる姿を見ていて、とても逞しく私の目には映るのだ。
だからこそ、私はサニー様の為に少しでも役に立てるように、本棚の本を並び替えているのだが、やはりそれにもお気づきになられているようだった。
そう言えば、サニー様が読書中にお眠りになられていつものようにお運びさせて頂いている時に、たまたまサニー様がお目覚めになられたことがあった。
偶然その時に私はサニー様のお部屋に明かりを灯すために呪文を詠唱している途中だったのだが、その時サニー様は驚いた顔をなさっていた。
恐らく魔法を実際にご覧になって驚きなさったのだろう。
私も初めて魔法を見た時は大層驚いたものだ。
その時のお顔はやはり可愛らしかったが、同時にに何かを閃いたようなお顔をされていたような気もする。
そんな日々を過ごしているとある日突然、サニー様が私に話しかけて下さったのだ。
それもエルランド語で!
私は素直に驚いた。
私も多少はお教えしていたが、私はあまり教えるのが得意ではないので、渋々他のメイドに任せていた。
とはいえ、一日のほとんどを本と向き合って読書をなさっていたサニー様が、たった三歳で日常会話を出来るまで成長なされていたのだ。
しかも流暢な話し方で、大人と大差の無いほどハッキリとしたエルランド語だった。
勿論、私はサニー様を褒めさせて頂いた。
我が子のように喜んで頭を撫で、抱きしめたあと、また頭を撫でさせて頂いた。
そして私は今までで一番いい笑顔をしていたように思う。
と、同時に私は確信した。
このお方は紛れもない天才であると。
そして私は定期的に国王様にするサニー様のご報告の時に一つ進言をさせて頂いた。
この旨をお伝えしたあと、「家庭教師をお付けになってはいかがですか?」と。
まさか、翌々日に開始されるとは思っていなかったが。
その事もあって、せっかくサニー様との会話を楽しんで新たな日課として始めていた私の楽しみが減ることになったが、これもサニー様の為だと思えば何とか我慢することができた。
たまに我慢が出来なくて添い寝をさせて頂くこともあったのだが、それくらいは勘弁願いたいものだ。
そしてこれからも私は、サニー様に仕え続けるであろう。
恐らく、私が死ぬまで永遠に。
まぁ、サニー様の意見に従うまでだ。
私の役目は、サニー様に仕えること、なのだから。
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