第3話 誓いと学習

 エルグランド王国


 それは中央大陸北部に位置し、世界でも最大級の領土を誇る、最も有名な国のひとつである。


 王の名はベルトルト・アルファ・エルグランド。


 若くして政治のほとんどを一身に背負い、諸外国との政治的なバランスを保ち、国民から見知らぬ冒険者まであらゆる人々の意見に耳を傾け、謁見の間で一日の大半を過ごすことで常に国や国民の生活を優先する、王の鏡の様な人物である。

 そんな彼の人望は厚く、国民をはじめ、国の兵士達のモチベーションにも繋がっている。


 また自身も剣術の達人であり、騎士団長と同等の腕前故に護衛を必要とせず、「護衛泣かせの王」とも呼ばれている。


 さらに王は愛妻家でもあり、王妃のローゼとは仲睦まじい夫婦として有名である。


 そしてそのローゼもまた、素晴らしき人物である。


 彼女は、王とは反対に積極的に城下町や領内の村などに自らが出向き、大人から子どもまで国民一人一人に会って話を聞き、貧しい人々にも手を差し伸べて少しでも生活の質が向上するように尽力している。

 その姿は民を癒し、懸命に働き続けるが故に国民たちからは「聖女」と呼ばれ、親しまれている。



     文献「現代の偉人たち」より抜粋



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 異世界に来たという事実を把握してから数日。



 ようやく俺も落ち着いてきた。


 もちろん納得出来ないこともあり、ああすれば良かったなどといえばキリがないが、取り敢えず割り切った。


 乃愛を守りきれなかったのは俺の失態だ。

 これだけは言い訳なんかしたくなかった。


 しかしいつまでも引きずったまま過ごすことはそれこそ乃愛に申し訳ないように思う。

 きっと乃愛も「私のことは忘れて幸せになってください」と言うだろう。

 言うかな?

 いや、乃愛は自分よりも他人を優先する優しい子だったから言うはずだ。


 勝手にそう思っているだけかもしれないが、居ないものは居ないのだ。

 そうとでも思わないと本当に自殺しかねない。


 だからこそ俺は誓いを立てようと思う。


 俺はこの世界で生きて行く。

 例えどんな困難に見舞われようとも決して諦めず立ち向かうと。

 そしてもう二度と乃愛のときのように目の前の人を失わないために、守り抜くために何者にも負けないチカラを身につけると。

 その為ならどんな苦労も乗り越えてみせると。


 責めてもの償いとして、俺はこの言葉を乃愛に捧げる。



 それから俺は毎日を全力で生きた。


 まずは言語の習得だ。

 前世では三ヶ国語を覚えたが、今回は一つだ。


 だからだと言う訳では無いが思いのほか簡単に覚えられた。

 この身体は物覚えがとても良かった。

 赤ん坊だからというのもあるが。


 しばらくはメイドや執事の会話を聞いたり、絵本の読み聞かせをしてもらったりして覚えた。

 首も座り、ハイハイである程度自由に移動できるようになってからはメイドたちの目を盗み、様々な本を読むために書斎に忍び込んだりもした。

 元々自分の部屋にも本はあったが、絵本や子供用のものばかりであまり知識を身につけられなかったため、ほかの本も読みたかったのだ。


 当然、誰かに気づかれただろう。


 事実、俺の生まれたときからずっと俺の近くに居て世話を焼いてくれた俺の専属と思われるメイドさんには、気付かれていた。

 しかし、彼女はそんな俺を見かけても強引に連れ戻そうとはせず、側で見守るだけだったので、読書に集中できてとてもありがたかった。


 時折本能からか、逆らい難い睡魔が襲ってくることがあり、その度にそのメイドさんがベッドに戻してくれていた。

 他にも、本棚の中でも手が届きそうにない高さにある本が、翌日には一番下の段にあったことに驚き、その手際の良さと優しさに俺はただただ感謝した。

 いつもご飯を食べさせてくれるのも彼女だ。

 本当に至れり尽くせりだと思う。


 お陰様で三歳の時には既に流暢な言葉を話せるようになった。


 文字を覚えるのはもっと早かったのだが、如何せん赤ん坊の身なので上手く呂律ろれつが回らず苦労したのだ。


 ちなみに初めてそのメイドさんに話しかけた時はとても嬉しそうにしてくれて褒めてくれた。

 その時の笑顔はとても綺麗でステキだった。

 そこでようやく聞けたことだが、彼女の名前はエミリーと言うらしい。

 俺は親しみの意味を込めてエマさんと呼ぶことにした。


 そして俺にもこの世界での名前があることを初めて知った。

 当然と言えば当然だし、わからなかっただけで呼ばれていたのだろうけど。


 俺の名はサーネイル・アルファ・エルグランドだそうだ。

 外国風かっけぇ、と。少しだけそう思った。


 そして案の定、俺は第一王子という最上級の身分だった。

 少し前まで高校生だった俺が王族だぞ、王族。

 正直何をすればいいか分からないし面倒くさいと、心底そう思った。


 あと。

 エマさんからは、サニーという愛称で呼ばれていた。

 様付けではあるけれども。

 サニーってなんだか太陽みたい(というか、まんま太陽)で、呼ばれていても悪い気はしなかった。


 それと大量の本を読み漁ったことで、この世界のことも大体把握できた。


 元々アニメやマンガ、ゲームの類いは勉強の合間に齧っており、「日本の技術は凄いな」と、若干ズレた感覚ではあるが楽しんでいたので、ファンタジー感満載で面白かった。

 面白いとそのまま言うと少々語弊があるのだが、現代日本にはなかったものがあるというだけでも、十分ワクワクするものなのだ。


 今まで家になかったおもちゃを買ってもらった時などは、夢中になってあそぶだろう?

 要は、あれとおんなじさ。




 この世界には魔法がある。



 本で魔法のことを知った時には「だろうな」とおもった。


 それは既にこの目で見たことがあるからだ。

 他にも知り得たことはあるが、今は割愛させて貰う。


 初めて見たのは俺がようやく動き回れるようになり、本を読んで文字を覚えようとしていた頃だ。


 本を読んでいるといつものように眠気が襲ってきて、例のエマさんが部屋に優しく抱き抱えて運んでくれていた時、途中で目が覚めたことがあったのだ。


 まだ喋ることが出来なかったので心の中で感謝していると、メイドさんが突然部屋の前でブツブツと何かを言いはじめた。

 すると真っ暗だった部屋のランプに火が灯り、一気に明るくなった、という訳だ。


 その時の感想は「あ、これ魔法だわ。」のひとことだけだった。

 あまり感動しなかったのは、前世でさほど興味が無かったからなのだがそれは置いておく。


 そんなことより と言ってはなんだが、俺はその詠唱であろう言葉の方に興味を持った。


 なぜなら、その詠唱の言葉が「日本語」だったからだ。


 本によると、魔法の詠唱は「シャルマン語」と呼ばれる恐らく日本語であろう言語でしか出来ないらしく、この世界の人たちにとってはめちゃくちゃ難しいらしいのだ。

 なので簡単な魔法でも使える人は限られるらしい。


 まぁ、元の世界でも世界一難しい言語と言われていたからな。

 日本語が通じる外国人でも、若干カタコトだったり、漢字難しいヨーとか言ってたりしたもんな。日本人ほど流暢に話せる方が珍しいし。


 あと、魔力総量と言うものがあって、それが一人一人生まれた時から決まっており、それが多ければ多いほどよりたくさんかつより強力な魔法を使えるようだ。


 完璧にシャルマン語を身に付けられたら無詠唱が出来たり、魔法を派生させていろいろなことに応用できたりするらしい。

 ペラペラ必須と。


 だが、俺は元日本人だ。


 当然、日本語はマスターしてある。

 シャルマン語も話せると分かると同時に、魔法に対してとても興味が湧いた。


 元の世界にナショナリズムという言葉がある。

 これは、「人は異国、異文化、異邦人に接したとき、自己を自己たらしめ、他者と隔てる全てのものを確認しようと躍起になる。そして、自分に連なる祖先、文化を育んだ自然条件、その他諸々のものに突然親近感を抱く」というものだ。

 簡単に言えば、「あ、それ知ってる!」ってなったときに、無性に嬉しくなるあの感覚だ。


 そして俺は、魔法をこの世界で初めて本気で勉強してみたいと思った。

 恐らく、慣れ親しんだ日本語を前にして魔法というものに親近感が湧き、大きな興味を抱いてしまったのだろう。


 これからどんな風に魔法を覚えていこうか、自分には魔法の才能はあるのかなどと考えていしまい、それだけでワクワクしていた。



 しかし、現実は甘く無かった。

 いつかの時のように。


 いや、この話はやめよう。

 辛くなるだけだ。



 話を戻そう。


 何の話かと言うと、王族というものはめんどくさいという話だ。

 俺はまだ三歳だと言うのに(精神年齢は二十歳くらいだが)も関わらず、家庭教師をつけて(それも何人も)英才教育を始めさせるようにと、父親からの命令があったらしい。


 ロクに顔も見せないのに迷惑な話だと思う。

 母親も乳離れをする前からエマさんや乳母に任せっきりで、ほとんど姿を見せなくなったし。

 王族って大変なんだな。って、なぜかちょっぴり寂しくなった。



 そして、いきなり数日後には家庭教師集団が来て、礼儀作法から言葉遣い、果ては剣術に至るまで徹底的に叩き込まれ、今までののんびりした生活からガラッと一転した。


 そのせいで覚えようと思っていた魔法の練習時間は無くなってしまった。

 こんちくせうめ。



 家庭教師集団の授業もとても厳しかった。

 普通は逃げ出したくなるような出来事であったと我ながら思う。


 しかし、流石は王直々に遣わした家庭教師。

 教え方は全員とても上手く、(精神年齢が)二十歳である俺にとってもどれも新鮮で、とても楽しいと思えた。


 厳しいことには厳しかったのだが、礼儀作法は順調だったように思う。

 その一方で、剣術の方は年相応にしか上達しなかった。


 前世では運動神経は良かったんだが、この世界での身体は違うんだろうか?

 それとも、まだ幼いだけかな?



 と、まぁ。

 そんな日々がしばらく続いた。

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