綺
「あけましておめでとうございます」
どんな闇にも新年はやってくる。
ここにも……。
○
「おーい、はやくこれ運んじゃってよ」
年増のいったクソババァが……。
心の中で毒づきつつも、大人しく従う。
積み重なった木箱を一気に持ち上げる。
すっかり筋肉のついた腕には、こんなもの負担でもない。
厚化粧でしわというしわを誤魔化したここの店主は、俺を拾った恩人でもある。
けれど、拾ってもらった時の感謝を忘れるほどの人使いっぷりに、性格はすっかりひねている。
「ほら、そっちも仕事して。忙しいんだから」
といいながら、店主は椅子に座り高みの見物といったところだ。
「あのクソババァ、新年早々こんなもの運ばせやがって……」
宴会の準備と称してはいるが、実はそんな綺麗なものではないことを知っている。
この箱は、よくあんなものを隠しおおせるよなぁ。
ここは、臓器を売買する闇業者。
……表向きは、様々な商品を扱う商社だが。
「あっ、ごめんなさいっ」
色々なことを考えているうちに、周りが見えていなかった。
突然誰かにぶつかる。
「あ、悪い……」
立ち上がりながら、相手が誰だったのかを確かめる。
「あ、嬢さんなんで此処に」
店主が慌て気味に立ち上がる。
「宴会の準備をしていると聞いたので、お手伝いに。お邪魔だったかしら」
「いや別に構わないけどさぁ……。着物汚れたらどうするの」
「そんなこと気にしていられないわ」
綺麗な人だなぁ……。
この腐りきった世界にも、こんな人がいるのか。
着物は鮮やかなのに、自己主張の激しくない不思議な雰囲気で、本人はと言えば美人美人。
店主の若作りが、見事に眩む。
「みなさん、お手伝いできることがあれば、ぜひこの私に」
そう言われても、あんたみたいな人に、こんなもの運ばせられない。
「会場づくりの方に回ればいいんじゃ」
気付けば発言していた。
「えっ、でも……」
「せっかくの着物が汚れたら、こっちもたまったもんじゃないんで」
言い残し、さっさと作業に戻る。
あんな綺麗な人がこんなところに来て……。
危ない、と素直に思った。
ここは汚れた闇業者の実態そのもの。
働き手は、身元も知れないような、拾われてきた奴らばかり。
そんなところにあんな人が来たら……。
周りを見回すと、働き手は俯き気味だ。
嬢さん、と呼ばれた彼女はまだオロオロしている。
はぁ……。
俺は、箱をその場に置いて、彼女のそばへ行く。
「……あなたが此処にいると、皆希望持っちゃうんで。理不尽かもしれないけど、出てってくれますか」
「あ、えっと……」
すっかり困り顔の彼女。
あんたみたいなのがいると、
そんな綺麗なものがあるのだとわかってしまうと、
――――――自分たちも、と思ってしまうじゃないか。
仮にも、自分たちに居場所を作ってくれたというのに。
高望みしてしまうじゃないか。
箱を抱え直し、さっさと作業を開始する。
他の働き手たちも、自分たちの作業を始める。
「失礼いたしました……」
嬢さん、は、落ち込んだ様子で、戻って行った。
「……なんだったのか。あ、ほら、早く作業を進めて!」
我に返ったように、クソババァが指示を出す。
こっちの台詞だ、まったく。
自分たちは、ただこき使われる代わりに生活を保証してもらっている。
それでいいんだ、って、ここで過ごしながら自分に言い聞かせ、それが当たり前になっていたというのに。
「なぁなぁ、あの子誰なん? めっちゃ美人やったなぁ」
柱の陰で、お調子者が話しかけてくる。
「知るか。クソババァにバレるから、さっさと作業するぞ」
「へいへーい……」
もう、あんなイレギュラーは起こらないでほしい。
大人しくクソババァに従っていれば、ここで生きていける。
店主に逆らった働き手がどうなったかは、自分たちがよく知っている。
だから、お互いに深く干渉し合わず、牽制し合う。
それが、ここのやり方。
俺たちのやり方。
「あのー……」
「うわぁっ」
びっくりした……。
そろりそろりと、さっきの嬢さんが近づいてくる。
「どっから湧いた……」
「あの、私、何か悪いことしたようで謝ろうかと……」
「あっ、美人さんやん」
「お前声でかいわ。ってか、そんなんいいからもう戻ってください」
「いいえ、そういう訳にはいきません」
「律儀な美人やなぁ……」
他の働き手も気付いているが、関わらないようにと、作業を進めている。
「じゃ、どうしたいわけ」
「ここを手伝わせてください」
「美人さんにこんなもん持たせるわけにはいかないんで」
「お願いします」
「……っ、わかった。けど、そこのクソ……店主に一応言ってくれ」
「ありがとうございますっ」
この会話してる時にバレなくてよかった……。
作業に戻りつつ、彼女の働きっぷりに目をやる。
「美人で律儀で働き者だとさ……。お前、気にいったんと違う?」
「そんなことあるわけないだろ」
ばっさり切り捨てる。
そんなことあるわけない。
「ほぉー……」
この新しい働き手は、何も知らずに臓器の入った木箱を持ち上げる。
そこまで重くはないけれど、入っているものの正体を知ったら……。
あの綺麗さが歪むかもしれない。
……って、俺は何を考えるんだ。
今日たった少しの間手伝いに来ただけだというのに。
新年早々、変な思考に頭を染められそうになった。
隣でニヤニヤしているお調子者を置いて、俺は作業を再開した。
fin.
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