一文字タイトルシリーズ
藍雨
優
優しい子になるように、優子。
父親と母親が私に優子という名前を与えた理由。
読んで字のごとく。
だが、両親の願いに反するようにして、私は育っていった。
○
優しい人に、と人はよく言う。
私だってきっと、物心ついてから最初の頃は、きっとそう思っていた。
でも、本当の優しさなんてこの世には存在しない。
そのことに気付くのに、そんなに時間はかからなかった。
人は優しさを、押し付けてくる。
そうやって自分の存在意義を確立したがっている。
私は成長とともに、そんなことを考えるようになった。
本当の優しさがこの世に存在するというなら、いじめなんて誰もしないし、殺人事件だって起こらない。
まぁ、私はいじめを体験したことも、みたことも、家族や親戚や友達が殺されたこともないけれど。
ともあれ、こんな風に考えるようになってから、私は自分の名前を名乗るのが嫌になった。
優しい子? ……無理だろう。
自分のために誰かに優しくしようとする人はいても、本当に誰かのことを思って優しくするなんて、そんなの出来るわけがない。
「……なーんて、子供の頃は考えていたわけだけれど」
隣で私の話をじいっと聞いていたおせっかい焼きに、私は言う。
「けれどね、私は別に、一般に優しい、って言われる人を否定したいわけじゃないの」
そう、否定するわけではない。
「ん?ものすっごい否定的な語りをしていたようにしか思えないよ」
「そう聞こえるのも無理はないかもね……」
ひたすら首をかしげる彼。
「ただね、目を覚ましてほしいって、思うだけ……」
ますます分からないというような表情の彼に、私は笑いかけてみせる。
これ以上のことを語る気はなかった。
○
母親には、多額の借金を抱え込んだ姉がいた。
つまり、私の叔母にあたる人。
父親の収入が安定していたこともあって、私の家は結構裕福なほうだった。
でもきっと、こんなのは理由には挙がっていなかっただろう。
きっと母親は、私の、とっても優しかった優菜という母親は、ただ、困り果てた姉を助けたかっただけなのだ。
それだけだ。
その優しさは、相手のためを思いながら、結局自分のためのものだっただろう。
そういう人だった、と思う。
私の主観でしかなくとも、子供の未熟な頭で必死に考えて得た結論だった。
優しさの安売りをしたがる人だった、と今は冷静に振り返ることができる。
けれど、昔は、そんな風には考えられず、ただ、母親を否定していたように思う。
――――――あの日、母親が分厚い封筒を叔母に渡すところをみるまでは。
きっと私は、無条件に優しさを受け入れ、そして振りまいていたはずだったのに。
それができなくなってから、私はやっと目が覚めたのだ。
あぁ、優しさなんて必要ない、と。
きっとそれは人をダメにする、とまで思ったかもしれない……。
○
ふっ、とため息をつく。
「ダメにする優しさだけじゃないって、気付けてよかった」
「え、なんだって?」
「なんでもない」
えー、なんなんだよ、と不服そうな彼を見ながら、私はまた笑っていた。
fin.
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます