一文字タイトルシリーズ

藍雨


優しい子になるように、優子。


父親と母親が私に優子という名前を与えた理由。

読んで字のごとく。



だが、両親の願いに反するようにして、私は育っていった。







優しい人に、と人はよく言う。


私だってきっと、物心ついてから最初の頃は、きっとそう思っていた。


でも、本当の優しさなんてこの世には存在しない。


そのことに気付くのに、そんなに時間はかからなかった。




人は優しさを、押し付けてくる。

そうやって自分の存在意義を確立したがっている。


私は成長とともに、そんなことを考えるようになった。



本当の優しさがこの世に存在するというなら、いじめなんて誰もしないし、殺人事件だって起こらない。


まぁ、私はいじめを体験したことも、みたことも、家族や親戚や友達が殺されたこともないけれど。



ともあれ、こんな風に考えるようになってから、私は自分の名前を名乗るのが嫌になった。


優しい子? ……無理だろう。


自分のために誰かに優しくしようとする人はいても、本当に誰かのことを思って優しくするなんて、そんなの出来るわけがない。








「……なーんて、子供の頃は考えていたわけだけれど」


隣で私の話をじいっと聞いていたおせっかい焼きに、私は言う。


「けれどね、私は別に、一般に優しい、って言われる人を否定したいわけじゃないの」


そう、否定するわけではない。


「ん?ものすっごい否定的な語りをしていたようにしか思えないよ」

「そう聞こえるのも無理はないかもね……」


ひたすら首をかしげる彼。


「ただね、目を覚ましてほしいって、思うだけ……」


ますます分からないというような表情の彼に、私は笑いかけてみせる。


これ以上のことを語る気はなかった。







母親には、多額の借金を抱え込んだ姉がいた。

つまり、私の叔母にあたる人。


父親の収入が安定していたこともあって、私の家は結構裕福なほうだった。


でもきっと、こんなのは理由には挙がっていなかっただろう。


きっと母親は、私の、とっても優しかった優菜という母親は、ただ、困り果てた姉を助けたかっただけなのだ。



それだけだ。




その優しさは、相手のためを思いながら、結局自分のためのものだっただろう。


そういう人だった、と思う。

私の主観でしかなくとも、子供の未熟な頭で必死に考えて得た結論だった。

優しさの安売りをしたがる人だった、と今は冷静に振り返ることができる。



けれど、昔は、そんな風には考えられず、ただ、母親を否定していたように思う。




――――――あの日、母親が分厚い封筒を叔母に渡すところをみるまでは。



きっと私は、無条件に優しさを受け入れ、そして振りまいていたはずだったのに。


それができなくなってから、私はやっと目が覚めたのだ。

あぁ、優しさなんて必要ない、と。

きっとそれは人をダメにする、とまで思ったかもしれない……。







ふっ、とため息をつく。


「ダメにする優しさだけじゃないって、気付けてよかった」

「え、なんだって?」

「なんでもない」


えー、なんなんだよ、と不服そうな彼を見ながら、私はまた笑っていた。



fin.

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