第31話
「うん」
「それと、一人のみを重用するのも、あまりよろしくありません」
何の事かと、晴信はまたたきながら頼継を見た。
「息子が重用されるのは、父としてはうれしい限り。克頼と晴信様は、幼き頃から共に育った間柄。この頼継は、晴信様の父とも師ともなれるよう、精進して参りました。それを他の家臣たちも存じているので、今は何も言われぬでしょう」
今は、と力を込めた頼継の言いたい事は何だろうと、晴信は声を見るかのように目に力を込めた。
「ですが、事がおさまり一息つく頃に、その時には思いも寄らなかった不満が起こります」
「どういう事だ」
「人は、過去の出来事を思い出し、あれはどういう事だったのか、などと考える生き物です。その時は何とも思わなかったとしても、後から、あれはこうだったのではないか、そういう事だったのではないかと、喜んだり、哀しんだり、羨んだり、怒ったり。様々な感情を、記憶から引き起こすもの。晴信様は国主となられた。周囲に追い立てられるように、よくわからぬままに孝信様を追放した感も否めぬでしょう。民意に押し挙げられ、しっかりと気持ちの定まらぬうちに、国の頂点にお座りなされたと言ってもいい」
頼継は言葉を切り、真っ直ぐに晴信の瞳を捕らえた。
「ですが近頃は、晴信様のお心が国主である事を受け入れ、民を導こうとなされているように見受けられます。これも、人の行う記憶の
記憶の反芻、と晴信は口の中でつぶやく。そういえば近頃、寝る前に色々な事を思い出し、あれはどういう意味だったのか、どういう意図だったのかなどと、深く考える事が多くなった。それが自分の覚悟を育てたというのだろうか。
そうかもしれないと、晴信は目を閉じる。脳裏に、父を追放すると決まった時から今までの、様々な事が渦巻いていた。それら一つ一つが、国主という立場への意識を築く礎となっている。
「晴信様のそれは、良い方に作用したのでしょう。先ほど申しましたように、記憶の反芻は哀しみや羨み、怒りなどというものを生み出す事もございます」
「俺は、何か不手際をしたのか」
「さにあらず。――先ほど、私は息子が重用されるのを、父としてうれしい限りと申しました。これを、晴信様はどうお考えになられますか」
「どう……」
晴信は妙な顔をして頼継を見た。彼の顔に書いてあるものを読み解こうと、体中の意識を向ける。頼継の姿に克頼の顔が透けて見えた気がして、晴信はまたたいた。
「何か、お気づきになられましたか」
「克頼は、とても頼りがいのある相手だ。今回の策も克頼の提案。そして栄殿の報告が無ければ、浮かばなかったものだ。隼人の存在も助けになっている。隼人がいなければ、里の巡察は思うように行かなかっただろう。それが、今回の策の下地になった」
考えながら喋る晴信を導くように、頼継は包む瞳で彼を見ていた。
「俺は、克頼ひとりを重用しているつもりでは……」
「つもりは無くとも、周りがどう受け止めるかを、お考え下さい」
「周りが?」
頼継が静かに頷く。晴信は口に手を当て、視線を落とした。頼継は何を気付かせようとしているのだろう。
晴信は馬を下りてからの頼継の言葉を探った。その中に手がかりがあるはずだ。
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