第26話

「なるほど」


 克頼の目が明晰な色を浮かべた。


「紀和の佐々様は栄姫殿を養女とし、自分の娘として科代の箕輪様の元へ、同盟のための輿入れをさせる算段を整えているのですね」


「そう見て間違いは無いでしょう。村杉の里から、こちらに何か働きかけがあると思います。その時は、すぐにお伝えいたします。村杉の里にも、物見の者を送られておられるのでしょう? 物見の方から何か連絡があれば、私にもお知らせ願いたく存じます」


 ふうむと晴信が口元に手を当て、考え込んだ。克頼が鋭く栄を見る。それを受け、わかりますと栄が応えた。


「私を通じ、村杉の里や紀和の佐々様へ情報が流れる事を、克頼様はご案じなされておられるのですね」


「信用をするに足るものが、ございませんので」


 慇懃に頭を下げる克頼の姿に、晴信はふと目を上げた。


「まるで、俺と民のようだな」


「え」


「何の事です?」


 唐突な晴信の物言いに、克頼と栄が疑問を示した。


「俺は、俺を信用してほしいと民の前に出た。だが、里の者は対面し会話をしても、俺に疑心を持ったままだ。――なあ、克頼。どうすればお前は栄殿を信用できる」


「どう、と申されましても」


 困惑気味に、克頼が栄と晴信を交互に見た。そこで、はたと思いつく。


「晴信様」


 前にのめった克頼に、晴信は目を丸くした。


「この克頼、策を思いつきました」


「策?」


「栄姫殿にも、ご協力いただきたく存じます」


「私に出来る事でしたら」


 底の見えぬ笑みを浮かべた克頼に、栄が頷く。


「真にこの国を思い、晴信様を国主と認められるのであれば、出来る事かと」


 挑発的な克頼の言葉に、栄は面白そうに目を輝かせた。


「私を試そうというのですね」


「辛いと申されるのであれば、途中でお止めになられても結構です。が、その折はお覚悟なされますよう」


「おいおい、克頼。内容も告げずに、その言い方は無いんじゃないか」


「いいえ、晴信様。克頼様は、私を信じようとなさっておいでなのです。その為の言葉として、私は受け取りました。それを受けずして、信用をして欲しいなどとは申せませぬ。いかなる事であっても、助力いたします」


 きっぱりと言い切った栄に、ひたりと克頼の目が据えられた。


「どのような事でも、なされますな」


「父を殺せと言われたとしても、民の安寧のためならば」


 栄の言葉に、晴信は肝を冷やして克頼を見た。克頼は満足そうに栄を見たまま頷き、腰を上げた。


「館に戻りましょう。すぐさま打ち合わせをしなくては。後手となるまえに行動を起こすのです」


「克頼」


 腕を引かれ立ち上がった晴信が、栄に案じ顔を向ける。栄は極上の笑みを返した。


「民を救うため、お父君を追放なされた晴信様ですもの。お覚悟を持って、私を上手に利用なさると考えております」


 裂帛れっぱくの気合を思わせる栄の瞳に覚悟を見つけ、晴信は唇を引き結んだ。


「紀和がこの国を攻める前に、戦を回避する手立てがあるんだな。克頼」


「こちらが先んじ、相手を引き寄せる事が出来れば」


「わかった。すぐに館に戻り、宿老と共に話を決めよう」


 腹を据えた晴信がきびすを返し、克頼を連れて廊下に出るのを、栄は手を着き頭を下げて見送った。


 * * *


 牟鍋頼継が声をかけ、小笠義元、三嶋兵部が集まり、晴信、克頼を交えて内々の会議が行われた。栄に届いた文の話と、村杉の里が紀和の国に民を逃がしているという話を、頼継の口から報告されると、義元と兵部は目を丸くした。


「そのような事、何ゆえ我らにお話くださらなかったのです」


「なるほど。そのために村杉の姫だけは、帰さずにおかれたのですな」


 二人の反応を受け止め、晴信は背を伸ばして声を出す。

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