第25話
「何故、そのような事を栄姫殿が……」
克頼は、何かに思い当たった顔で言葉を切った。
「とにかく、行けばわかるさ」
「わかりました。すぐに出立の準備をいたしましょう」
克頼は父の頼継にこの事を伝え、十人ほど警護の者を用意して、晴信と共に栄の所へ出立した。
* * *
「ずいぶんと物々しいお越しですわね」
現れた栄は、克頼にちらりと目を向け嫌味を言ってから、腰を下ろした。藤色の小袖に萌黄の袴を身につけた彼女の肌は、雪よりも白く見えた。血色の良い唇が愛らしく、見るものを魅了せずにはおれぬ美しさであったが、克頼はうっすらと口の端に皮肉な笑みを浮かべただけだった。
「こちらに、どこの者かは知りませんが、見慣れぬ者が出入りしていると聞いておりましたので。万が一にも何事かの間違いが起こらぬよう、配慮をしただけのこと」
克頼の通った鼻筋は、切れ長の瞳と薄く形の良い唇を絶妙な均整で繋げている。幼き頃から美童の呼び声高い克頼の冷ややかな笑みに、栄の傍にいた侍女が惚けた。美貌の持ち主が鋭い笑みを向け合う横で、晴信は片頬をひきつらせる。
「そうそう。その、出入りしている者が運んできた、文の事でお話があるのです」
気配を和ませた栄が、侍女に手のひらを見せる。我に返った侍女が、うやうやしく一通の文を栄の手に乗せた。栄がそれを差し出すと、克頼が受け取り宛名を改め、晴信に渡した。
「読んでもかまわないか」
「その為に、お渡ししたのです」
栄の言葉を受けて、晴信は文を開き面食らった。けげんに思った克頼が首を伸ばして目を落とす。
「これは、恋文……?
さっと差出人に目を向けた克頼の呟きに、晴信も目を動かした。
「私が残されているのは、孝信様の手がついたからでも、晴信様に求められているわけでもないと、科代には伝わっているのです。でなければ、そのような文が届くわけはございません」
「確かに。霧衣の国主であった孝信様や、現国主の晴信様に望まれているとされる姫に、他国の主が恋文を送るなど、以前より訳のある間柄でなくば有り得ぬでしょうな」
克頼の目が探るように栄を見た。
「箕輪様とは別に、紀和の佐々様からもお文をいただいております」
それに気付かぬ風を装って、栄は晴信に告げる。
「栄殿の美貌であれば、それも不思議では無いな」
うんうんと頷く晴信に、何をのんきなと克頼が声を低めた。
「つまりは、他国の者が平然と、ここまで来ているという事だとおわかりですか」
「行商人などは色々なところから入ってくる。他国の者が来ても不思議では無いだろう」
「町中であるならば、問題はございません。ですがここは町も里も遠い、先代の隠れ家に近い休み処。行商人が気軽に来るような場所ではございません」
「行商人に化けた何者かが、こっそりと集まり晴信様のお命を狙うという事も考えられます」
克頼の言葉を受けての栄の発言に、晴信は目を丸くした。克頼は、その通りですと肯首する。
「それを、この文を見せる事によって、俺に知らせようと思われたのか」
「それもございますが、文末をご覧下さい」
晴信と克頼は文に目をもどし、さっと読んだ克頼が顔色を変えた。
「これは……」
晴信が克頼に問う目を向ける。
「紀和の佐々様は、霧衣を攻めるおつもりです」
克頼が、声を硬くして答えた。栄が膝を進めて、二人に顔を寄せる。
「この文はその証拠となると、克頼様も気付かれましたか」
栄の言葉に、克頼が深く頷き晴信に説明した。
「ここをご覧下さい。いずれ姫は紀和の宝玉として、瑠璃と共に我が元へ嫁がれる事になりましょう、と書いてあります。栄姫殿が紀和の宝玉になるという事は、紀和の国に村杉が属すると読め、瑠璃と共に我が元へという部分は、霧衣の瑠璃を持参金とするという意味と受け取れます。ですが、村杉の里や紀和の国が、持参金として十分な量の瑠璃を用意できるはずがない」
「つまり、紀和は近いうちに霧衣を掌中に収めるつもりであるという事。父は霧衣を捨て、紀和に属する証として、私を紀和に送る気でいると、箕輪様はおっしゃられているのです」
克頼の言葉を栄が継ぎ、侍女にもう一通の文を出すよう命じた。
「こちらは、紀和の佐々様からの文です。ご覧下さい。いつ私を迎えても良いように、色々の準備は整えてある、と書いてございます。いずれは、私を養女にすると」
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