第27話
「栄殿の話では、村杉の助けを受けて紀和に出た民はひと所に集められ、牛や馬のように働かされているという事だ」
ちらりと晴信が頼継に目を向ければ、頼継は絵図を広げた。
「そのお話を伺い調べましたところ、事実である事が判明いたしました」
とん、と頼継が黒の碁石を絵図に置く。
「ここが村杉の里。そしてここが」
白い碁石が、紀和の国内に置かれた。
「村杉から紀和へ逃れた民の住まう集落。環境は劣悪。行商人に扮して集落に入ろうとした者は、村の囲いを守る者に、この中には物を買うような人間は住んでいないと言われたそうだ」
「なんと」
義元が声を上げ、兵部が眉をひそめた。
「救いとは名ばかり。労働力を他国へ流出させている村杉は、国賊と見なして間違いは無い」
断言する頼継に、義元と兵部が同意を示した。それを受けて、晴信が口を開く。
「そこでだ。俺は紀和の国と争わずに、民を取り戻したい。そのために、向こうが動くより早く手を打ちたいと考えている」
晴信が克頼に目顔で説明を求めると、克頼は一礼をして口を開いた。
「集落を作る事が出来るほど人が流れているのであれば、どれほど隠そうと思っても、その人々はどこから来たのかという話がささやかれます。それを利用いたそうと考えております」
「村杉が人を紀和に売っていると流すのか。それでは、こちらから紀和に戦を仕掛けるようなものだ」
不快を示した義元に、いいえと克頼は首を振った。
「戦となれば、人心の離れているこちらが不利。穏便に取り戻します」
「穏便に?」
「自信があるようだな」
義元の疑問と兵部の誘いに、克頼は等分に目を配って説明を始めた。
「栄姫殿に、村杉に帰っていただきます」
口を開きかけた義元を、兵部が手のひらで制する。
「まあ、まず全てを聞いてから物を言おう」
兵部の言葉に、義元が頷いた。
よろしいかと前にのめった克頼が、説明を再開した。
「村杉が孝信様の悪政に苦しむ者を、そっと隣国の紀和に逃していると、人々の間に流すのです。晴信様はその話を耳にしたと言って、紀和の佐々様に感謝の文を送ります。その事も、噂話として広めます」
克頼は言葉を切り、義元と兵部を見た。頼継に目を移し、晴信に目顔で確認を示してから、説明を続ける。
「紀和に送る文には、こう記していただきます。父の孝信は隠居の身となったので、保護していただいた者たちを戻してもらいたい。礼として、霧衣の瑠璃をひと山、酒を三十樽、小袖を五つ重ね送る。受け取り場は、国境の村杉の里で願いたいと」
ちらりと克頼が晴信に目を向けた。晴信は、承知したと頷きで示す。
「村杉の里には、栄姫殿を帰さなかった理由として、孝信様のお手がついていないかを確認するため留め置いていたと述べ、疑いが晴れたので他の人質同様、送り届けると連絡をします。そして、紀和の国に逃れた民を引き取る場に、村杉の里を使わせて欲しいと追記しておきます。民を引き取る日取りが決まれば、それを村杉に伝えます。晴信様が国内の里を巡察しているという話は、村杉にも伝わっておりましょう。民の引き渡しには、晴信様が直々に参られると言い、その折に栄姫殿をお連れする旨を伝えておけば、栄姫殿へ何がしかの連絡が入るはず」
「その姫は信用が置けるのか」
義元が克頼をにらむ。
「栄殿は、大丈夫だ」
晴信が答えた。
「栄姫殿に宛てての連絡が来なくとも、晴信様と共に村杉の里に向かえば、相手方の思惑がわかりましょう。村杉への連絡は、長谷部の隼人を使います」
克頼が説明を終え、義元と兵部は深く悩むように唸った。
「他に妙案がございますれば、お伺いいたします」
克頼の挑発的な態度に潜む気迫に、むむっと義元がうなり、兵部が頼継に笑いかけた。
「頼もしい跡継ぎをお持ちで、うらやましい限りだ」
「はっは。父としての威厳が、年々危うくなり申す」
頼継が朗らかな声を出す。
「この手で、よろしゅうございますな」
克頼が床に手を着き、座にいる者たちを見回した。
「賭けのような気もするが、他に手立てがあるようには思えんな」
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