第22話

「晴信様!」


 克頼が鋭く叫ぶ。晴信の額に石が当たった。


「うっ」


 晴信は石の飛んできた方向に顔を向け、震えながら振りかぶる子どもを見た。強い憎しみを浮かべる子どもの手から石が飛ぶ。子どもの憎悪に引きつけられて、動きを止めた晴信を狙い、鍬が唸った。


「晴信様!」


 克頼が腰を落として地を蹴り飛んだ。


「ダメだ、克頼!」


 抜こうとした克頼に気付き、晴信が鋭く制する。


「くっ」


 抜く動きを、振り上げる形に変えた克頼は、鞘で鍬を受け止めた。とっさの変化で姿勢を崩した克頼の腕に、痺れが走る。


「克頼!」


「ぁうっ」


 晴信が叫び、克頼が歯を食いしばるのと同時に、鍬を握っていた男が呻いた。男が鍬を落とし、右手をかばう。


 何が起こったのかと思っている間に、乱れた殺気の合間に風切り音が差し挟まれた。


「いてぇ」


「うっ」


 音の先で男たちが呻き、得物を落とす。それと共に落ちたものは、クルミほどの大きさの石だった。晴信はとっさに子どもを見た。だが、子どもは何が起こったのかと、目を丸くして怯えている。


「ったく。危なっかしいお館様だな」


 からかう気配を滲ませた声に、全ての目が向けられた。


「隼人!」


 遊山の途中であるような足取りで、隼人が「よう」と片手を上げて現れた。新たな男の出現に、男たちが警戒を滲ませる。


「そんな怖い顔しなさんなって。俺は長谷部の里長の息子、隼人だ。沼諏の里長と話をしに来た」


 緊張感の無い隼人に、克頼が敵愾心を向ける。


「貴様、何をしに来た」


 克頼がにらみつけ、声を低めて問いただす。


「ご挨拶だな。コイツらに言っただろ? 沼諏の里長と話をしに来たって。つうかさ、危ないところを助けてくれて、ありがとうって言うのが先なんじゃねぇの? 克頼」


「なれなれしく呼ぶな」


 口をヘの字にした隼人が、肩をすくめて晴信を見る。


「助かった、隼人。ありがとう」


「ほうらな? お館様がお礼を言ってんのに、アンタが感謝しないってぇのは、おかしいんじゃないか」


「……助かった」


 唸るように渋々述べた克頼の肩に、ニンマリした隼人の腕が乗る。


「どういたしまして」


 迷惑そうに、克頼はその腕を払いのけた。


「長谷部の里の者が、何の用だ」


 鍬を拾った男が、それを構えて威嚇する。


「新しい国主様と話をしてみたほうがいいって、言いに来たんだよ」


 両手を上げて、隼人は男たちに近付いた。男たちは目配せをしあう。


「俺はソッチの里長の子と一緒に働いていた。連れて来て顔を見てもらえれば、俺が本物だってわかるさ」


 隼人は道の脇にいる子どもに、いたずらっぽく片目を閉じて見せてから、どっかと座りこんだ。


「信用がおけないってんなら、その鎌を俺の首にあてておけよ。佐衛門を呼んでくれ」


 男たちが戸惑う。晴信はなるほどと呟き、隼人に並んだ。


「俺も、同じようにしよう」


「晴信様」


 慌てる克頼に、大丈夫だと笑みで示す。軽く舌を打って隼人をにらんだ克頼も倣った。


「さあ。早く佐衛門を呼んでくれ」


 隼人に促された男たちが、恐る恐る彼らを取り囲み、石を投げていた子どもに佐衛門を呼んでくるよう命じた。


 首筋に鎌を向けられている隼人は、平然を通り越す気楽さで座りこんでいる。その横顔に、晴信が話しかけた。


「どうして、こんなところに隼人がいるんだ?」


「出かけた後を追ってきたからだよ」


「追ってきた?」


「俺らの里みたいに、色んな所を回ろうってんなら、渡りをつける誰かがいないと、危ないだろうなと思ってさ。俺なら役に立てるだろうって、出てくるのを待ってたんだよ」


「何故、取り次いで欲しいと人に声をかけなかった」


 克頼の問いに、隼人が意外そうにまたたいた。


「民の反乱を警戒してんのに、素直に聞き入れてくれるはずが無いだろ? ましてや俺は、人質とは名ばかりの、奴隷みたいに扱われていた人間だぜ。それが、お館様の役に立ちたいですって言いに来て、信用されると思うか」


 克頼がむっつりとする。


「だろう?」


 隼人が重ねて同意を求めれば、克頼は顔を背けた。


「ま。アンタの親父さんは、俺の話を聞いてくれたけどな」


 背けた顔を、克頼は勢いよく戻した。目を見張る克頼に、隼人が得意げに歯を見せる。


「それで、どうして隼人は俺を手伝おうと思ってくれたんだ」


 二人の様子を見ながら、晴信が問う。

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