第21話

 * * *


 硬い表情で、克頼は馬に乗っていた。晴信はそれに苦笑する。


「心配しすぎだぞ、克頼」


「しすぎるに越した事のない状況であると、出る前に申し上げたはずです」


「ああ、聞いた。聞いたが、こちらが怖い顔をしていれば、相手も警戒をするだろう」


「晴信様は穏やかにおられれば良いのです。私が警戒をしておりますので」


 ふうっと息を吐いた晴信は、道の先に目を向けた。周辺を探り帰ってきた者の話によれば、どこも晴信を孝信とそう変わらぬ人間と思っているらしい。その報告を耳にしていたから、克頼は晴信が軽装で外に出る事を嫌った。けれど命とあれば仕方がない。晴信の気持ちも聞いてしまったからには、引き止める事ができなくなった。そのために自分の出来る最大限の警戒をしようとしているのだと、晴信にも容易に想像が出来た。克頼の気遣いを、ありがたくも不器用な奴だと受け止めていた。


「十分に、この里の調査はしてあるんだろう?」


「反乱を起こすような気配は無かったと聞いておりますが、何が起こるかわかりませんので」


 孝信がどの里で、どのような非道を行ったのかという、細かな事は克頼も知らなかった。それを調べ、里の者たちの恨みの度合いを量ってからと言ったのだが、晴信はそれを聞き入れなかった。どうせ全ての里を回るつもりだからかまわないと、馬上の人となって門を出てしまったのだ。


 後をつける人間を用意するとか、里の周囲に人を配しておくというような細工を行う猶予も無く、さっさと出てしまった晴信を追うようにして出てきた克頼は、許可を出した父の頼継が、何らかの手を打っているものと考えた。だが、それをあてにする気は、さらさら無かった。周囲に目を配りながら、不穏な気配が無いかと探りつつ馬を進める。


「見えてきたな」


 前方に見える里に、変わった様子は無かった。晴信が軽く馬の速度を上げる。


「晴信様」


「大丈夫だ、克頼」


 あわてて自分の馬の速度も上げた克頼は、道に違和感を覚えた。


「晴信様っ!」


 違和感が何かわからぬままに、克頼が叫ぶ。その声に反応するかのように、人が道の両脇から湧いた。道に投げられた何かが光りを反射し、驚いた晴信の馬がいななき棹立ちとなった。


「うわっ」


 振り落とされまいと、晴信が馬の首にしがみつく。克頼は馬を晴信の後ろにつけて、彼の腰に腕を回した。晴信は馬から手を離し、克頼に引かれるにまかせた。晴信の手から手綱が離れると、馬は軽く駆けて遠ざかった。


「おぉおおおっ!」


 農具を持った男たちが、二人に迫る。


「ごめんっ」


「わわっ」


 克頼は馬の腹を滑らせるように晴信を落とし、自分も馬から飛び降り、馬の尻を叩いた。克頼の馬が晴信の馬を追う。


 馬を失った二人に、じりじりと狂気の目をした民が迫った。克頼が刀に手をかける。起き上がった晴信は、その手に手を重ねて首を振った。


「晴信様」


 大丈夫だと示すように、晴信が頷く。克頼は晴信と民を見比べ、迷った。


「お前たちは、賊か。それともこの先の里の者か」


 晴信は両手を広げて、危害を加えるつもりは無いと示した。


「俺は竹井田晴信。この霧衣の国主となった者だ。お前たちが沼諏ぬませの里の者だというのなら、案内を願いたい」


 男たちは聞こえていないように、殺気だったままで農具を構えて迫り来る。


「晴信様」


「だめだ、克頼」


「しかし」


「俺は父上とは違う。ここで斬ってしまっては、話し合いなど出来なくなる」


「ですが」


「いいから!」


 晴信の声が高くなった。それを合図として、男たちが襲いかかる。


「くっ」


 鞘ごと腰から抜いた克頼が、討ちかかってきた鍬を受け止め、はじいた。体勢をくずした男の腹を蹴り、別の男が振りかざした鎌を叩き落とす。


「聞いてくれ! 俺は、皆と話がしたい」


 晴信は突いてきた鋤をかわし、薙ごうとする鎌を後方に飛んで避けた。


「争うつもりはない! 頼む。会話をしたいんだ」

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