第16話

 晴信の目に、やせ細った者たちが映っている。自分が当たり前のように口にしていたものを、彼らは搾取され続けていたのだと、その姿から容易に知る事が出来た。目の前にある品々も、なけなしの食料を集め、朝から狩りなどをして必死に用意をしたものだろう。


「共に食そう。食べながら、色々な話を聞かせてくれ。その後で、手入れの者がいなくなり荒れてしまった田畑や、里の米蔵などを、隠さずに見せてくれ」


「食べていいの?」


 庭先からの声に、皆が顔を向けた。子どもが四人、寄り固まって立っている。様子を伺いつつ、餅に目を向けている子どもたちに、晴信は笑いかけた。


「ああ。一緒に食べよう」


 晴信は子どもらに、餅の乗った皿を示した。恐る恐る近付いてきた彼らに、晴信は餅を掴んで差し出した。子どもが晴信と餅を見比べる。晴信が「ほら」と勧めるように手を動かすと、わあっと歓声を上げて走り寄った子どもたちが、我先にと頬張った。うれしそうに食べる子どもの頭をなで、晴信は大人に顔を向けた。


「俺が用意をしたものでは無いのに、こんな事を言うのも妙だが。……遠慮せずに、食べてくれ」


 晴信は怯える娘に餅を差し出した。恐る恐る受け取った娘は晴信を見、子どもたちを眺め、再び晴信を見てから餅をかじった。


「……ふ、ぅ、うう」


 胸に溜まっていたものを瞳から零す娘に、晴信が労わりの目を向ける。克頼は立てていた膝を収め、ヨモギ茶に手を伸ばした。晴信と克頼、大喜びで食べる子どもと泣きながら頬張る娘を声なく見つめる人々は、誰一人として近寄ろうとはしなかった。


 * * *


 胸に苦い味を抱えたまま、晴信は久谷の里を後にした。


 里の大人たちは、誰も晴信を案内しようとはしなかった。里を案内してくれたのは、晴信が餅を勧めた子どもたちだった。


 晴信が庭から上がってきた子どもたちと食事をしていると、どこかで様子を伺っていたのだろう。里中の子どもが次々と現れて、晴信の前に並べられている料理に飛びついた。よほど腹が減っていたらしい様子に、晴信は胸を痛ませながら、子どもらが料理をむさぼるのを眺めた。晴信に餅を渡された娘は、手にした分は口にしたが、それ以上を食べようとはせず、居心地が悪そうにしていた。餅を食べるのは久しぶりだと、子どもたちは大喜びだった。普段は何を食べているのかと晴信が問うと、雑穀か芋だと言う。雑穀も無い時があると口を尖らせた子どもに、遠巻きに見ていた大人が、余計な事を言うなと気配を怒らせ、殴りかからんばかりの目を向けた。


「あの子どもたちは今頃、叱られてはいないだろうか」


 ぽつりと晴信がこぼすと、叱られているでしょうと克頼が答える。


「ですが、どうしようもありません」


「子どもは素直だ」


「彼らの発言に、大人はさぞ肝を冷やしていたでしょうな」


「ああ」


 それは顔つきを見ていてわかった。誰も彼もが、いつ斬りかかられるかと、気が気ではない様子だった。里の案内をして欲しいと言うと、腹がくちくなった子どもたちがしてくれた。子どもたちは無邪気に、包み隠さず彼らが知っている範囲の事をすべて語った。晴信は子どもたちの軽やかな声と、その音が語る凄惨な状況との落差を胸に刻んだ。じくじくと膿んだように痛む胸に手を添えて、当事者である彼らはどれほどの痛みを堪え、自分にあのような態度を示していたのだろうかと考えた。


 苦悶を浮かべる晴信を、しっかりと支える瞳で克頼が見つめる。その目が、晴信の向こう側に上がっている砂煙を捉えた。遠くを見るため目を細めた克頼の様子に気付き、晴信も道の先に目を向け、真っ直ぐに走ってくる馬を見つけた。伝令か何かだろうかと目を凝らし、馬上の人が誰であるかを知った二人は、ぽかんとした。

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