第14話

 * * *


 再び晴信が馬上の人となったのは、それから十日あまり経ってからの事だった。近隣の里に送った者たちからの報告を、書面ではなく対面で求めた上に、疑問を投げかけて確認をするといったやり方をしたので、時間がかかった。克頼はその後、晴信との対話を終えた者に、里の者たちの心情はどういったものかを聞き取り、晴信が出かけても問題がなさそうな、日帰り可能な里を選び出した。


 克頼がそんな手配りをしているとは知らず、晴信はただ見回りに出るのが遅くなった事だけを気にしていた。克頼は、それでいいと思っていた。身辺の安全に気を配るのは自分の役目。晴信はただ、この国をどうするかという事柄だけに集中をすればいい。


 二人は前回同様、さわやかな空の下に馬を進めていた。


「今度の里も、長谷部の里のような状態だと聞いていたが」


「あの者のように、荒れた田畑を見せるような者がいるとは、思われますな」


「あの者とは、隼人の事か」


 少々の不機嫌を頬のあたりに漂わせた克頼に、晴信は目じりをゆるめた。


「克頼は感情が豊かになったな。主に、不機嫌な方面でだが」


 克頼は答えず、黙々と馬を進める。


「隼人の何が気にいらないんだ」


「あの者だけではございません。栄姫殿も同様です」


「栄殿が、どうかしたか?」


 じろりと克頼が晴信を見る。


「出歩くのも自由と、申されたそうですな」


「ああ。その事か」


 さして重要事ではなさそうな晴信に、克頼はため息を吐いた。


「一言、ご相談いただきたい」


「相談をすれば、反対をしただろう」


「晴信様」


「俺の身を案じてくれているのは、うれしいと思う。だが、彼女をそう警戒しなくとも良いと思うぞ」


 すっかり栄を信じ切っているらしい晴信に、克頼はもやもやとした気持ちを抱えつつ、栄やその周辺の監視役の事を頭に浮かべた。妙な動きをすれば、取り押さえるよう言ってある。晴信の素直さを活かすべきかと、これ以上の小言は止めにした。


 里にさしかかる道に、やせこけた若者がいた。彼は晴信らの姿を見つけると、大きく手を振りながら「いらしたぞぉ」と叫んで里に走った。


「晴信様」


 克頼は警戒を滲ませ、馬を下りずに進む事を晴信に勧めた。晴信は渋々ながら了承し、騎乗のまま里の入り口に向かった。


 少し進むと、わっと人が現れ、馬の前に膝を着いた。


「ようこそ、お越しくださいました。ささ、どうぞこちらへ」


 さあさあと里の者たちに促され、二人は緊張を漲らせて馬を下りた。里長の屋敷へ案内されると、熊の毛皮の敷物を勧められた。


「新しくお館様となられた晴信様が直々に来られると聞き、至らぬ点は多々ありましょうが、酒食の用意をさせていただきました。私、里長を勤めさせていただいております、久谷弥次郎ひさや やじろうと申します」


 床に額を擦りつけた弥次郎に続き、他の者たちも同じように頭を下げる。晴信は歓迎の気配が妙である事に気づき、克頼に目を向けた。克頼は何を考えているのか判らない、能面のような顔をして控えている。


「早く料理をこちらへ」


 合図と共に、粗末ながらもキレイに着飾った若い娘が数人、料理を捧げて現れた。


「朝から山に入り、仕留めたキジでございます」


 出された料理は、とても食べきれるような量では無かった。


「酒も、上等のものとは言えませんが、用意をさせていただいておりますので、どうぞお召し上がりください」


 娘たちの中でも、一番愛らしい顔立ちをしている者が、晴信に酒を注ごうと傍に控える。


「いや。俺は、酒を飲まないんだ」


「さようでございましたか。それは失礼をいたしました。それでは代わりに、ヨモギ茶をお出し致しましょう」


 早くしないかと弥次郎が言えば、人が慌てて立っていく。


「いやはや、申し分ございませんでした」


 晴信は、なめした皮のような色をしている弥次郎の顔に、媚びを見つけた。その目を他の者に向けると、怯えが映った。これは何だ、と晴信の心中が寒くなった。これが“歓迎のもてなし”と言えるのかと、彼らの笑顔の奥にある恐怖を見つめた。


「お口に合うかどうかは、わかりませんが」

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