第13話

 書かれているのは、納められた物のみ。その年の収穫量などは、何も記載されていなかった。


「それを調べる方法は無いのか」


「そういうものは調べなくて良いとの命が下されていたそうです」


「父上に知られぬように調べていた者は、いないのか」


 克頼が口を閉じた。晴信の顔が曇る。


「斬られたのか」


「それ以後、誰も行わぬようになったとか」


 太い息を吐き、晴信は首を振った。父はどうして、そんな事をするようになったのだろう。もともと、そういう気性の人間だったのだろうか。


「俺も、その人の血を受け継いでいるのだな」


「晴信様?」


「いずれ父のようになると思っている者も、いるかもしれない」


「それは」


 違うと言えぬ克頼の正直さを、晴信はありがたく思った。


「ですから、身辺にはお気をつけ下さい」


「国主だからと遠慮して物を言えぬ者ではなく、克頼のように正直に言ってくれる者を重用するよう、心がけよう」


「道を外れたとき、お諌め出来ぬ者は真の忠臣とは言えませぬ」


「斬られるとわかっていては、口も重くなるだろう。守るべき家族もいるのだからな」


 孝信を諌めきれなかった者たちをかばう晴信に、克頼が口を結んだ。


「隼人はどうだろう」


 克頼が思いきり顔をしかめる。


「そんなふうに、お前が感情を露骨にするのも珍しいな」


「楽しまないで下さい」


「楽しんでいるというか……まあ、そうかもしれないな」


 気を静めるように息を吐いた克頼が「とにかく」と続ける。


「あのような者を取り立てる理由は、ございますまい」


「何故だ。あんなふうに正直に里の状態を言える者は、貴重だろう」


「程度の問題です。あれは国主を国主とも思わぬ振る舞い。正直に進言するというものとは、違っております」


「どう違う」


 克頼が言葉に詰まる。


「俺が国主になってから、克頼の珍しい顔をよく見るようになった」


「からかわれておいでか」


「そうじゃない。俺は克頼の事ですら、知らない部分が沢山あるのだなと思っただけだ」


 晴信の目が山と詰まれた書面に移る。


「ずっと共に育ってきた克頼に対しても、そうなんだ。知ろうともせずにいた国の事は、わからない事だらけ。館の中の事ですら、だ。母上は父上に対して無関心でいる事を決めた。俺は言われるがまま、それが当然の事として考えもせずにいた。民の苦しみは、俺や母上にも責任がある」


「晴信様」


 晴信は書面を膝に引き寄せた。


「この数字の奥にいる民を、見に行きたいな。――克頼。全ての里を視察したいが、難しいか」


「できない事はありませんが、時間がかかります」


「知らぬ事を知ろうとするのに、時間がかかるのは当然だ」


「各所に送った者たちからの報告もございます。まずは、それらと記述を比べる事が肝要かと」


 晴信は、ちらりと克頼を見た。やる事が沢山あるぞと顔に書いてある。


「……無関心であった俺の罪を、早く償わなければならないな」


「晴信様のみの罪ではございません」


 克頼が硬い声を出す。


「晴信様のお耳に入らぬよう努めてきた、我らもまた同罪。ですから、お一人で全てを抱え込まれませぬよう」


 頭を下げた克頼に、晴信は心の底から「ありがとう」と声をかけた。

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